晏子春秋 / 外篇上・景公台成盆成適願合葬其母晏子諫而許
子胥忠其君,故天下皆願得以為臣。孝己愛其親,故天下皆願得以為子。今為人子而離散其親戚,孝乎哉:足以為臣乎!若此而得祔,是生臣而安死母也。若此而不得,則臣請挽屍車,而寄之於國門外宇溜之下,身不敢飲食,擁轅執輅,木乾鳥棲,袒肉暴骸,以望君湣之。賤臣雖愚,竊意明君哀而不忍也。」晏子入,復平公,公忿然作色而怒曰:「子何必患若言,而教寡人乎?」晏子對曰:「嬰聞之,忠不避危,愛無惡言。且嬰固以難之矣。今君營處為遊觀,既奪人有,又禁其葬,非仁也。肆心傲聽,不恤民憂,非義也,若何勿聽?」因道盆成適之辭。公喟然太息曰:「悲乎哉!子勿復言。」乃使男子袒免,女子髽者,以百數。為開凶門,以迎盆成適。適脫衰絰,冠條纓,墨緣,以見乎公。
新字:子胥忠其君,故天下皆願得以為臣。孝己愛其親,故天下皆願得以為子。今為人子而離散其親戚,孝乎哉:足以為臣乎!若此而得祔,是生臣而安死母也。若此而不得,則臣請挽屍車,而寄之於国門外宇溜之下,身不敢飲食,擁轅執輅,木乾鳥棲,袒肉暴骸,以望君湣之。賤臣雖愚,窃意明君哀而不忍也。」晏子入,復平公,公忿然作色而怒曰:「子何必患若言,而教寡人乎?」晏子対曰:「嬰聞之,忠不避危,愛無悪言。且嬰固以難之矣。今君営処為遊観,既奪人有,又禁其葬,非仁也。肆心傲聴,不恤民憂,非義也,若何勿聴?」因道盆成適之辞。公喟然太息曰:「悲乎哉!子勿復言。」乃使男子袒免,女子髽者,以百数。為開凶門,以迎盆成適。適脱衰絰,冠条纓,墨縁,以見乎公。
書き下し
子胥は其の君に忠なり、故に天下皆得て以て臣と為さんと願う。孝己は其の親を愛す、故に天下皆得て以て子と為さんと願う。今人の子と為りて其の親戚を離散す。孝ならんや、臣と為すに足らんや。此くの若くして祔するを得ば、是れ生臣にして死母を安んずるなり。此くの若くして得ざれば、則ち臣請う、屍車を挽き、之を国門外の宇溜の下に寄せ、身は敢えて飲食せず、轅を擁し輅を執り、木乾き鳥棲み、肉を袒ぎ骸を暴し、以て君の湣れむを望まん。賤臣愚なりと雖も、竊かに意うに、明君は哀れみて忍びざらん」と。晏子入りて公に復す。公忿然として色を作して怒り、曰く、「子何ぞ必ず若の言を患えて、寡人に教うるや」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、忠は危うきを避けず、愛は悪言を惡まず。且つ嬰は固より以て之を難しとせり。今君営処を遊観と為し、既に人の有を奪い、又其の葬を禁ず。仁に非ざるなり。心を肆にし聴くに傲り、民の憂いを恤えざるは、義に非ざるなり。若何ぞ聴く勿からん」と。因りて盆成適の辞を道う。公喟然として太息して曰く、「悲しいかな。子復た言う勿れ」と。乃ち男子の袒免し、女子の髽する者百数を以て使わしむ。為に凶門を開き、以て盆成適を迎う。適衰絰を脱ぎ、条纓を冠し、墨縁して、以て公に見ゆ。
現代語訳
「伍子胥は主君に忠実でした。だから天下の人はみな、彼を臣にしたいと願いました。孝己は親を愛しました。だから天下の人はみな、彼を子にしたいと願いました。いま人の子でありながら親族を離れ散らせるなら、孝と言えるでしょうか、臣とするに足るでしょうか。もしこうして合葬できるなら、生きている臣が死んだ母を安んじることになります。もしこうして叶わないなら、私は遺体を載せる車を引いて、国門の外の軒下に寄せ、自分は飲食せず、轅を抱き、車の横木を握り、木は枯れ鳥が止まるまで、肌をあらわにして骸をさらし、君があわれんでくださるのを待ちます。賤しい臣は愚かですが、ひそかに思うに、明君は哀れんで耐えられないでしょう」。晏子は入って公に報告しました。公はむっとして顔色を変えて怒り、言いました。「あなたはなぜ、あの者の言葉をわざわざ気にして、私に教えるのか」。晏子は答えました。「私はこう聞いています。忠は危険を避けず、愛は耳に痛い言葉を嫌わない、と。そもそも私は、もともとこれを難しいと思っていました。いま君は、住まいを遊覧の場として営み、すでに人の所有物を奪っておられ、さらにその葬ることまで禁じようとしておられます。これは仁ではありません。心をほしいままにして聞くことに傲り、民の憂いを顧みないのは、義ではありません。どうして聞き入れずにいられましょう」。そこで盆成適の言葉を述べました。公は深く嘆息して言いました。「悲しいことだ。あなたはもう言わなくてよい」。そこで、袒免の男子と、髽をした女子を、百人ほど使わせました。そのために凶門を開き、盆成適を迎え入れました。盆成適は喪服を脱ぎ、冠の紐を着け、黒い縁取りの衣で、公に謁見しました。
解説
この章句が説くこと
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『山鹿語類』士道・勵忠孝されば古来伯禹の洪水を導き、皐陶の為士官、道こゝに正しく、伊尹傅説が商に勲猷を立、周公旦召公奭の周の世に政道を輔佐せしより、歴代の大臣忠を尽して世をまつりごち、民を救て其大功を治世に立、周の太公望、漢の張良、蜀の諸葛孔明が戦伐の功を以て乱世に道義を存し、関竜逢が夏の桀を諫めて就炮烙之刑、比干が殷の紂を諫て逢七竅之害、衛史魚が己れが屍を牖下にすてしめて霊公を諫、周舎が願為諤々之臣て趙簡子が過を諫、漢汲黯が武帝を面折し、朱雲が成帝のために折檻の諫を行、各人主の怒を侵して己が死を不顧。斉昼邑の王蠋、燕の軍にやぶられて、燕王是を万戸侯に封ぜんと有けれども、忠臣不事二君、貞女不更二夫と云て、ついにくびれ死す。唐顔杲卿が禄山を罵て、其舌をたゝれて死す。是皆忠立て其道を尽すに至れり。君につかへて其徳をねるに非ずや。徳こゝに不正ば、何を以てか如此に可至。
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