韓非子 / 初見秦第一
然而兵甲頓,士民病,蓄積索,田疇荒,囷倉虚,四鄰諸侯不服,霸王之名不成。此無異故,其謀臣皆不盡其忠也。
新字:然而兵甲頓,士民病,蓄積索,田疇荒,囷倉虚,四鄰諸侯不服,覇王之名不成。此無異故,其謀臣皆不尽其忠也。
書き下し
然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
現代語訳
それなのに武器も鎧も傷み、兵も民も疲れ、蓄えは尽き、田畑は荒れ、倉は空になり、周囲の諸侯は服さず、覇王の名は成らなかった。これには特別な理由などない。謀臣たちが皆、その忠を尽くさなかっただけである。
解説
国力の疲弊を六つ並べたあと、原因を一つに絞っている。特別な理由は無い、謀臣が忠を尽くさなかっただけだ、と。外部環境ではなく、助言する側の姿勢に帰している点が韓非子らしい。ここで言う忠は、主君に従うことではない。言うべきことを言うこと、都合の悪い見立てを隠さないことである。実務で最も高くつく失敗も、たいていこの形をしている。周囲は問題に気づいていたが、誰も言わなかった。言えば角が立つ、言っても変わらない、言うのは自分の役目ではない。理由はいくらでもあるが、結果として組織は消耗する。此無異故という言い切りが厳しい。複雑な事情があったのではなく、単に誰も本当のことを言わなかった。原因の分析を、そこで止めている。
この章句が説くこと
忠幹部の責任諫言ミドルマネジメント疲弊組織疲弊
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