徂徠先生答問書 / 卷中
其子細は身を我身と不存候事は妾婦の道にて候。女は人に身を任せ候ものなるが故、己が了簡を出さず、夫に打任せ候事に候。臣は君の命をうけて、其職分をわが身の事と存じ務むる事に候。若己が存念に合不申、わが了簡に落不申事なれば、其職を辭し候事は、不忠に成候を恐れ候故に候。身を我物と不存候はゞ、わが了簡を出さず、いかやう共主君の心まかせに可仕候。しかれば君一人にて候。臣ありても臣なきがごとくに候。臣は君の助にて、使ひものにては無御座候を、奴僕を使ふごとくに思召候上の過より起りて、聖人の道には背き申候事に候。君の上にてはまかすとまかせざるとの違に候。臣の上にては、わが身の事と存候と不存候との違に候。君の思召次第にて、此方よりはいろはぬ事と存候は、上下心を二つにすると申物に候。是皆忠の字の義理分れ不申候より起り申候。能々御勘辨あるべき事と存候。以上。
新字:其子細は身を我身と不存候事は妾婦の道にて候。女は人に身を任せ候ものなるが故、己が了簡を出さず、夫に打任せ候事に候。臣は君の命をうけて、其職分をわが身の事と存じ務むる事に候。若己が存念に合不申、わが了簡に落不申事なれば、其職を辞し候事は、不忠に成候を恐れ候故に候。身を我物と不存候はゞ、わが了簡を出さず、いかやう共主君の心まかせに可仕候。しかれば君一人にて候。臣ありても臣なきがごとくに候。臣は君の助にて、使ひものにては無御座候を、奴僕を使ふごとくに思召候上の過より起りて、聖人の道には背き申候事に候。君の上にてはまかすとまかせざるとの違に候。臣の上にては、わが身の事と存候と不存候との違に候。君の思召次第にて、此方よりはいろはぬ事と存候は、上下心を二つにすると申物に候。是皆忠の字の義理分れ不申候より起り申候。能々御勘弁あるべき事と存候。以上。
書き下し
其子細は身を我身と不存候事は妾婦の道にて候。女は人に身を任せ候ものなるが故、己が了簡を出さず、夫に打任せ候事に候。臣は君の命をうけて、其職分をわが身の事と存じ務むる事に候。若己が存念に合不申、わが了簡に落不申事なれば、其職を辞し候事は、不忠に成候を恐れ候故に候。身を我物と不存候はゞ、わが了簡を出さず、いかやう共主君の心まかせに可仕候。しかれば君一人にて候。臣ありても臣なきがごとくに候。臣は君の助にて、使ひものにては無御座候を、奴僕を使ふごとくに思召候上の過より起りて、聖人の道には背き申候事に候。君の上にてはまかすとまかせざるとの違に候。臣の上にては、わが身の事と存候と不存候との違に候。君の思召次第にて、此方よりはいろはぬ事と存候は、上下心を二つにすると申物に候。是皆忠の字の義理分れ不申候より起り申候。能々御勘弁あるべき事と存候。以上。
現代語訳
その子細は、身を我が身と思わないのは妾婦の道だということです。女は人に身を任せるものですから、自分の考えを出さず、夫に任せきるのです。臣は君の命を受けて、その職分を我が身の事と思って務めるものです。もし自分の考えに合わず、自分の了簡に落ちないことであれば、その職を辞するのは、不忠になることを恐れるからです。身を我が物と思わないのなら、自分の考えを出さず、どのようにでも主君の心任せにするでしょう。そうなれば君が一人いるだけで、臣がいても臣がいないのと同じです。臣は君の助けであって、使い物ではございませんのに、奴僕を使うようにお考えになる上の過ちから起こって、聖人の道に背いているのです。君の側では、任せるか任せないかの違いです。臣の側では、我が身の事と思うか思わないかの違いです。君のお考え次第で、こちらからは口を出さないことと思うのは、上下が心を二つにするというものです。これはみな忠の字の意味が分かれていないところから起こるのです。よくよくご熟慮なさるべきことと存じます。以上。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。
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『武士道』第九章 忠節・忠と孝の衝突平家物語の作者は、小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりもなほ高き父の恩、たちまちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には既に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退これ谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて心破れたるもの、古来其人多し、あに独り重盛のみならんや。シェイクスピアも将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや、武士道は孝を捨てて寧ろ忠を取るに遅疑せず。しかのみならず、女子も亦た敢て其子を励まして君主の為に死せしむ。
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