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葉隠 / 聞書第一

忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。隨分心を盡して孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇に、亡き後にて殘り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。

新字:忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分心を尽して孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇に、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。

書き下し

忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。

現代語訳

「忠臣は孝子の門に尋ねよ」という言葉がある。十分に心を尽くして孝行すべきである。奉公に精を出す人は自然に現れるものだが、孝行に精を出す人は稀である。よい者には他人も親切にし、亡くなった後にも惜しまれるが、それでも孝行に励む人はやはり稀だ。気難しい親でも持たなければ、本当の孝行かどうかは知れないものである。

解説

「忠臣は孝子の門に尋ねよ」——真に主君に忠実な人物は、親孝行な者の中から探せ、という古語を引いた一条です。奉公に励む人は自然に現れるが、孝行に精を出す人は稀だと嘆きます。忠と孝はいずれも身近な相手に真心を尽くす点で根が同じであり、親に誠を尽くせる者こそ主君にも誠を尽くせる、という考えが背景にあります。とりわけ気難しい親を持つのでなければ、本当の孝行かどうかは試されないとも述べます。現代なら、身近な家族や恩人を大切にできる人は職場でも信頼に足る、と読み替えられるでしょう。足元の誠実さが、より大きな信義の土台になるのです。

この章句が説くこと

誠実身近な相手信義の土台真心

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