葉隠 / 聞書第一
主君さへ大切に仕り候へば、親も悦び、佛神も納受あるべしと存じ候。此方は主を思ふより外のこと知らず、志つのり候へば、不斷御身邊に氣を附け、片時も離れ申さず候。又女は第一に夫を主君の如く存ずべき事なり。
新字:主君さへ大切に仕り候へば、親も悦び、仏神も納受あるべしと存じ候。此方は主を思ふより外のこと知らず、志つのり候へば、不断御身辺に気を附け、片時も離れ申さず候。又女は第一に夫を主君の如く存ずべき事なり。
書き下し
主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
現代語訳
毎朝、拝礼するときの順序は、まず主君と親、それから氏神・守り本尊とせよ。主君さえ大切にお仕えすれば、親も喜び、神仏もその心を受け入れてくださると思う。自分は主君を思う以外のことを知らず、その志がつのれば、常に主君の身辺に気を配り、片時も離れずにいられる。また、女はまず何より夫を、主君のように思って敬うべきである。
解説
毎朝の拝礼の順序に、生き方の優先順位を託した一条です。神仏より先に、まず主君と親を拝せよと説きます。常朝にとって忠は最上の徳であり、主君を大切にすれば親も喜び、神仏もその真心を受け入れてくれる――すべては主君を思う一心に貫かれています。この徹底した忠一辺倒は、主家を絶対の中心に据えた葉隠の武士道を色濃く映しています。もっとも、夫を主君のように敬えという妻への言や忠の絶対化は、当時の主従・家の価値観に根ざしたもので、現代にそのまま当てはめるものではありません。むしろここから汲めるのは、日々の小さな習慣(朝の所作)に自分の価値の順序を刻み、大切なものを見失わないという心構えでしょう。
この章句が説くこと
忠優先順位朝の習慣主家中心真心当時の価値観
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