武士道 / 第九章 忠節・忠と孝の衝突
平家物語の作者は小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの條に至り、惻然として、『悲しかな、君の御爲に、奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八萬の巓よりも猶ほ高き、父の恩忽ちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御爲には旣に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退是谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、靈性の誠を披いて、死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて、心破れたるもの古來其人多し、豈に特り重盛のみならんや。沙翁も將た舊約全書も、孝を說いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや武士道は孝を捨てゝ、寧ろ忠を取るに遲疑せず、加之ならず女子も亦た敢て其子を勵まして君主の爲に死せしむ。
新字:平家物語の作者は小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しかな、君の御為に、奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりも猶ほ高き、父の恩忽ちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には旣に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退是谷れり』と嘆ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて、死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて、心破れたるもの古来其人多し、豈に特り重盛のみならんや。沙翁も将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや武士道は孝を捨てゝ、寧ろ忠を取るに遅疑せず、加之ならず女子も亦た敢て其子を勵まして君主の為に死せしむ。
書き下し
平家物語の作者は、小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりもなほ高き父の恩、たちまちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には既に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退これ谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて心破れたるもの、古来其人多し、あに独り重盛のみならんや。シェイクスピアも将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや、武士道は孝を捨てて寧ろ忠を取るに遅疑せず。しかのみならず、女子も亦た敢て其子を励まして君主の為に死せしむ。
現代語訳
平家物語の作者は、小松内府すなわち重盛が父の清盛の暴虐を憂える条に至って、痛ましく思い、こう嘆きました。悲しいことだ、主君のために奉公の忠を尽くそうとすれば、須弥山の頂よりも高い父の恩をたちまち忘れることになる。痛ましいことだ、不孝の罪を逃れようとすれば、主君に対してはすでに不忠の逆臣となってしまう。進むも退くも行き詰まった、と。哀れむべき重盛は、その後、霊性の誠を開いて天に死を祈り、純潔と正義が宿りにくいこの俗世を離れることを願うのを見るではありませんか。義理と人情の衝突によって心が破れた者は、古来多く、重盛一人ではありません。シェイクスピアも旧約聖書も、孝を説いて明らかなものは見当たりません。しかしいったんこの衝突が起これば、武士道は孝を捨ててむしろ忠を取ることにためらいません。それだけでなく、女性もまた我が子を励まして主君のために死なせます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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論語・学而篇子夏曰く、「賢を賢として色に易え、父母に事えて能く其の力を竭くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わるに言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。」
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呂氏春秋・孝行①凡そ天下を為め、國家を治むるには、必ず本を務めて末を後にす。所謂本とは、耕耘種殖の謂に非ず、其の人を務むるなり。其の人を務むとは、貧にして之を富まし、寡にして之を衆くするに非ず。其の本を務むるなり。本を務むるは孝より貴きは莫し。人主孝なれば、則ち名章榮に、下服聽し、天下譽しむ。人臣孝なれば、則ち君に事えて忠、官に處りて廉、難に臨みて死す。士民孝なれば、則ち耕芸疾く、守戰固く、罷北せず。夫れ孝は、三皇五帝の本務にして、萬事の紀なり。
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呂氏春秋・孝行③曾子曰く、「身は、父母の遺體なり。父母の遺體を行う、敢て敬せざらんや。居處莊ならざるは、孝に非ざるなり。君に事えて忠ならざるは、孝に非ざるなり。官に蒞みて敬ならざるは、孝に非ざるなり。朋友に篤からざるは、孝に非ざるなり。戰陳に勇無きは、孝に非ざるなり。五行遂げざれば、災い親に及ぶ。敢て敬せざらんや。」
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。