徂徠先生答問書 / 卷中
采邑に住すれば恩義相結びて、民は皆家人になる故、一國の上下末々まで一致する事に候。夫に頭を付て、獄訟水利等、其所切に取行へば、事情を失はず、士にも民にも社倉を立て贏餘を積で急難に備る時は貧困の患なし。民は愚かなる物にて、只今まで己が仕習れたる事ならではせぬ物に候。渡世のわざをも見計ひ、其土地になくて事缺る草木を植させ、山をたて、或は百工を集め、商賈を通じ、本輕く末重ければ國衰ふる物にて候故、商人多きは國の害となり候。又貧國は商人を以て富すとも有之候。何れに商賈の通塞に心を付くべき事に候。民の衰ふるは奢と賭博なれば、嚴刑を以て賭博を禁じ、衣服器皿の制度を立べく候。如是心を用候はゞ、國を富す事心の儘に可被成候。專ら主とする所は、國民の四方に散去せざる樣にすべき事に候。此上に各義方をしらしめ廉恥を養ふを誠の武道と申候。弓馬鎗太刀の術は上の催促に及ばざる事に候。以上。
新字:采邑に住すれば恩義相結びて、民は皆家人になる故、一国の上下末々まで一致する事に候。夫に頭を付て、獄訟水利等、其所切に取行へば、事情を失はず、士にも民にも社倉を立て贏余を積で急難に備る時は貧困の患なし。民は愚かなる物にて、只今まで己が仕習れたる事ならではせぬ物に候。渡世のわざをも見計ひ、其土地になくて事欠る草木を植させ、山をたて、或は百工を集め、商賈を通じ、本軽く末重ければ国衰ふる物にて候故、商人多きは国の害となり候。又貧国は商人を以て富すとも有之候。何れに商賈の通塞に心を付くべき事に候。民の衰ふるは奢と賭博なれば、厳刑を以て賭博を禁じ、衣服器皿の制度を立べく候。如是心を用候はゞ、国を富す事心の儘に可被成候。専ら主とする所は、国民の四方に散去せざる様にすべき事に候。此上に各義方をしらしめ廉恥を養ふを誠の武道と申候。弓馬鎗太刀の術は上の催促に及ばざる事に候。以上。
書き下し
采邑に住すれば恩義相結びて、民は皆家人になる故、一国の上下末々まで一致する事に候。夫に頭を付て、獄訟水利等、其所切に取行へば、事情を失はず、士にも民にも社倉を立て贏余を積で急難に備る時は貧困の患なし。民は愚かなる物にて、只今まで己が仕習れたる事ならではせぬ物に候。渡世のわざをも見計ひ、其土地になくて事欠る草木を植させ、山をたて、或は百工を集め、商賈を通じ、本軽く末重ければ国衰ふる物にて候故、商人多きは国の害となり候。又貧国は商人を以て富すとも有之候。何れに商賈の通塞に心を付くべき事に候。民の衰ふるは奢と賭博なれば、厳刑を以て賭博を禁じ、衣服器皿の制度を立べく候。如是心を用候はゞ、国を富す事心の儘に可被成候。専ら主とする所は、国民の四方に散去せざる様にすべき事に候。此上に各義方をしらしめ廉恥を養ふを誠の武道と申候。弓馬鎗太刀の術は上の催促に及ばざる事に候。以上。
現代語訳
采邑に住めば恩義が結ばれて、民はみな家人(家来)のようになるので、一国の上下が末々まで一致するのです。それに頭をつけて、訴訟や水利などをその土地ごとに取り行えば実情を見失わず、士にも民にも社倉(共同の備蓄倉)を立てて余りを積み、急な災難に備えれば、貧困の心配はありません。民は愚かなもので、今まで自分がし慣れたこと以外はしないものです。暮らしの生業をも見計らい、その土地になくて不足する草木を植えさせ、山を育て、あるいは諸職人を集め、商人を通わせます。本(農業)が軽く末(商業)が重ければ国は衰えるものですから、商人が多いのは国の害となります。また、貧しい国は商人によって富ませるということもあります。いずれにせよ、商売の通りと滞りに気を配るべきです。民が衰えるのは奢りと賭博によるので、厳しい刑で賭博を禁じ、衣服や器物の制度を立てるべきです。このように心を用いれば、国を富ませることは思いのままにできるでしょう。もっぱら主とすべきは、国の民が四方に散り去らないようにすることです。このうえで各人に義の方向を知らせ、廉恥(恥を知る心)を養うのを、まことの武道といいます。弓・馬・槍・太刀の術は、上が催促するまでもないことです。以上。
解説
この章句が説くこと
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