徂徠先生答問書 / 卷中
一被仰下候通武備は國の根本にて候。國郡を領候人は君より其土地を預り居り候事に候。然れば先其土地を人に奪はれ不申備第一に候。古天子を萬乘と申、諸侯を千乘と申、卿大夫を百乘と申、兵賦を以て名付候もこの道理に候。漢律に賊盜の律を最初に置候も、盜賊と反逆は同類の物に候。盜賊を鎭むる爲に武備を設け候事急務にて候故に御座候。治平無事の時は兵威を以て民心を鎭壓して、盜賊起る時は早速にからめ取る備なくて不叶事に候。今時の代官は古の縣令にて候に、此備なきのみならず、其所を治むる事を職分とせず、只年貢の取立計を肝要と仕り、書算の鄙人を其役とし候故、職位も卑く、心もをのづから鄙劣にて、贓罪の徒も多出來候。一二萬石二三萬石計の領主は、兵士の數も少く、領内も狹候へば、其儀に不及候へども、七八萬石十萬石にも上り候諸侯は、必代官に武備を加へ不申候ては不叶事に候。
新字:一被仰下候通武備は国の根本にて候。国郡を領候人は君より其土地を預り居り候事に候。然れば先其土地を人に奪はれ不申備第一に候。古天子を万乗と申、諸侯を千乗と申、卿大夫を百乗と申、兵賦を以て名付候もこの道理に候。漢律に賊盗の律を最初に置候も、盗賊と反逆は同類の物に候。盗賊を鎮むる為に武備を設け候事急務にて候故に御座候。治平無事の時は兵威を以て民心を鎮圧して、盗賊起る時は早速にからめ取る備なくて不叶事に候。今時の代官は古の県令にて候に、此備なきのみならず、其所を治むる事を職分とせず、只年貢の取立計を肝要と仕り、書算の鄙人を其役とし候故、職位も卑く、心もをのづから鄙劣にて、贓罪の徒も多出来候。一二万石二三万石計の領主は、兵士の数も少く、領内も狭候へば、其儀に不及候へども、七八万石十万石にも上り候諸侯は、必代官に武備を加へ不申候ては不叶事に候。
書き下し
一被仰下候通武備は国の根本にて候。国郡を領候人は君より其土地を預り居り候事に候。然れば先其土地を人に奪はれ不申備第一に候。古天子を万乗と申、諸侯を千乗と申、卿大夫を百乗と申、兵賦を以て名付候もこの道理に候。漢律に賊盗の律を最初に置候も、盗賊と反逆は同類の物に候。盗賊を鎮むる為に武備を設け候事急務にて候故に御座候。治平無事の時は兵威を以て民心を鎮圧して、盗賊起る時は早速にからめ取る備なくて不叶事に候。今時の代官は古の県令にて候に、此備なきのみならず、其所を治むる事を職分とせず、只年貢の取立計を肝要と仕り、書算の鄙人を其役とし候故、職位も卑く、心もをのづから鄙劣にて、贓罪の徒も多出来候。一二万石二三万石計の領主は、兵士の数も少く、領内も狭候へば、其儀に不及候へども、七八万石十万石にも上り候諸侯は、必代官に武備を加へ不申候ては不叶事に候。
現代語訳
お申し越しのとおり、武備は国の根本です。国や郡を領する者は、主君からその土地を預かっているのです。ですから、まずその土地を人に奪われない備えが第一です。昔、天子を万乗、諸侯を千乗、卿大夫を百乗と呼んだのも、兵賦(出す兵車の数)で名づけたもので、この道理によります。漢の律が賊盗の律を最初に置いたのも、盗賊と反逆は同類のものだからです。盗賊を鎮めるために武備を設けることが急務だからでございます。太平無事の時には兵の威光で民心を鎮め押さえ、盗賊が起これば即座に捕らえる備えがなくてはなりません。今の代官は昔の県令にあたるのに、この備えがないばかりか、その土地を治めることを職分とせず、ただ年貢の取り立てだけを肝心とし、読み書き算盤だけの卑しい者をその役にあてているので、職の位も低く、心も自然と卑しくなり、収賄の罪を犯す者も多く出ています。一、二万石や二、三万石ほどの領主は、兵士の数も少なく領内も狭いので、そこまでには及びませんが、七、八万石から十万石にも上る諸侯は、必ず代官に武備を加えなければなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
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『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。
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