都鄙問答 / 卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段
露塵ホドモ我身ヲ顧ザルハ、臣ノ道ナリ、常ニ手足ガ口ニ使ルヽト、我身ノ君ニ事ルト、違フコトアラバ、此ハ不忠ナリト知ルベシ、此ヲ法トセバ、何國ニテ仕ルトモ、臣ノ道ヲ離ルヽコトアルベカラズ、扠臣ハ政ニ從フモノナリ、下ヲ使ハ、君ノ道ヲ以治ムベシ、古聖人ノ御代ニハ、君トシテハ萬民ヲ子ノ如ク思召、民ノ心ヲ以テ、御心トナシ玉フ、傳云、民所好好之、民所惡惡之、此之謂民父母、此ユヘニ、聖人ハ世ヲ沒玉ヘドモ、民思ヒ慕テワスレズト云リ、此味ヲ知ルベシ、忠義ノ臣ハ名ヲ後世ニ殘シ、天下ノ人コレヲ愛ス、禮曰、士四十志强立、不奪於利害、不怵於禍福、可以出仕ト見ヘタリ、士ノ道ハ、先心ヲ知テ志ヲ定ムベシ、孟子曰、尙志、
新字:露塵ホドモ我身ヲ顧ザルハ、臣ノ道ナリ、常ニ手足ガ口ニ使ルヽト、我身ノ君ニ事ルト、違フコトアラバ、此ハ不忠ナリト知ルベシ、此ヲ法トセバ、何国ニテ仕ルトモ、臣ノ道ヲ離ルヽコトアルベカラズ、扠臣ハ政ニ従フモノナリ、下ヲ使ハ、君ノ道ヲ以治ムベシ、古聖人ノ御代ニハ、君トシテハ万民ヲ子ノ如ク思召、民ノ心ヲ以テ、御心トナシ玉フ、伝云、民所好好之、民所悪悪之、此之謂民父母、此ユヘニ、聖人ハ世ヲ没玉ヘドモ、民思ヒ慕テワスレズト云リ、此味ヲ知ルベシ、忠義ノ臣ハ名ヲ後世ニ残シ、天下ノ人コレヲ愛ス、礼曰、士四十志強立、不奪於利害、不怵於禍福、可以出仕ト見ヘタリ、士ノ道ハ、先心ヲ知テ志ヲ定ムベシ、孟子曰、尚志、
書き下し
露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
現代語訳
「少しも我が身を顧みないのが臣の道です。いつも、手足が口に使われる姿と、自分が主君に仕える姿とを比べて、違うところがあれば、それは不忠だと知りなさい。これを手本にすれば、どこの国で仕えても臣の道を離れることはありません。さて、臣は政治に従う者です。下の者を使うときは、主君の道によって治めなさい。昔の聖人の世では、君主は万民をわが子のように思い、民の心を自分の心とされました。大学に『民の好むものを好み、民の憎むものを憎む、これを民の父母という』とあります。だから聖人は世を去っても、民は慕って忘れないと言います。この味わいを知りなさい。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人に愛されます。礼記には『士は四十歳で志が強く立ち、利害に心を奪われず、禍福に恐れないなら、出仕してよい』とあります。武士の道は、まず心を知って志を定めることです。孟子は『志を高く持つことだ』と言いました。」
解説

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