徂徠先生答問書 / 卷中
一前書に付て再蒙御尋問候は、人無之に御難儀被成候由、此段は御失言と奉存候。乍去今時の人少學問仕候へば、大形は其如く被申候へば、實に左思召候事も可有之候得ども、文過の御言葉の樣に被存候。若實に其如く思召候はゞ、大きなる間違にて御座候。國土に五穀を生じ、材木萬物を生じ候事、古も今も替事無御座、世界の用事にさしつかゆる事は何れの世とても無之物に候。人とても其如くに候。尤聖賢敎養の內より生候人と、敎を缺たる代の人とは替り候得共、其時代の用に立候程の人才は必有之物に候。國無人と申事有之候を御覽誤候にても候や。夫は朝廷に人なきと申にて候。朝廷に人なきは用ひざるが故に候。朝廷に人なき世は、賢才下僚に沈み、或は民間に埋れ候事、道理の常にて御座候を、人なきと被仰候事、孟子に有之候歲を罪するの類にて、天道に對し勿體もなき事と奉存候。
新字:一前書に付て再蒙御尋問候は、人無之に御難儀被成候由、此段は御失言と奉存候。乍去今時の人少学問仕候へば、大形は其如く被申候へば、実に左思召候事も可有之候得ども、文過の御言葉の様に被存候。若実に其如く思召候はゞ、大きなる間違にて御座候。国土に五穀を生じ、材木万物を生じ候事、古も今も替事無御座、世界の用事にさしつかゆる事は何れの世とても無之物に候。人とても其如くに候。尤聖賢教養の内より生候人と、教を欠たる代の人とは替り候得共、其時代の用に立候程の人才は必有之物に候。国無人と申事有之候を御覧誤候にても候や。夫は朝廷に人なきと申にて候。朝廷に人なきは用ひざるが故に候。朝廷に人なき世は、賢才下僚に沈み、或は民間に埋れ候事、道理の常にて御座候を、人なきと被仰候事、孟子に有之候歳を罪するの類にて、天道に対し勿体もなき事と奉存候。
書き下し
一前書に付て再蒙御尋問候は、人無之に御難儀被成候由、此段は御失言と奉存候。乍去今時の人少学問仕候へば、大形は其如く被申候へば、実に左思召候事も可有之候得ども、文過の御言葉の様に被存候。若実に其如く思召候はゞ、大きなる間違にて御座候。国土に五穀を生じ、材木万物を生じ候事、古も今も替事無御座、世界の用事にさしつかゆる事は何れの世とても無之物に候。人とても其如くに候。尤聖賢教養の内より生候人と、教を欠たる代の人とは替り候得共、其時代の用に立候程の人才は必有之物に候。国無人と申事有之候を御覧誤候にても候や。夫は朝廷に人なきと申にて候。朝廷に人なきは用ひざるが故に候。朝廷に人なき世は、賢才下僚に沈み、或は民間に埋れ候事、道理の常にて御座候を、人なきと被仰候事、孟子に有之候歳を罪するの類にて、天道に対し勿体もなき事と奉存候。
現代語訳
先の手紙について再びお尋ねいただいたところでは、人がいないのでお困りだとのこと、これは失言だと存じます。とはいえ今の人は少し学問をすると、たいていそのように言うので、本当にそうお考えのこともあるでしょうが、言葉を飾りすぎたお言葉のように思われます。もし本当にそうお考えなら、大きな間違いです。国土に五穀を生じ、材木や万物を生じることは昔も今も変わらず、世の中の用に差し支えることはどの時代にもないものです。人もそのとおりです。もっとも、聖賢の教え養いの中から生まれた人と、教えの欠けた時代の人とでは違いますが、その時代の用に立つほどの人材は必ずいるものです。「国に人なし」という言葉があるのを見誤っておられるのでしょうか。それは朝廷に人がいないという意味です。朝廷に人がいないのは、用いないからです。朝廷に人のいない時代には、賢才が低い役職に沈んだり、民間に埋もれたりするのが道理の常であるのに、それを人がいないとおっしゃるのは、『孟子』にある「歳を罪する」(凶作を年のせいにする)たぐいであって、天道に対してもったいないことと存じます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸役人に器量を選ふ事故に賢才と云ふは一器量ある人を云ひて、左様の人は一癖ある人の内に多くはあるものなりと料見して、其の人の役儀にはまるやうに使ひ込むときは真の賢才現はるへし、御老中番頭以上の人は唯々人を取り出たすを我が第一の職分と心得て、左様の人を取り出だすことを昼夜に心掛くべきことなり、殷の高宗は賢人を欲しく思召して傅説を夢に見たまへると云ふことあり、上たる人は真実に人を得たく思召せは必らす人は出つるものなり、是れ真の感道天道の冥助にて必す有る事なり、ゆめ〳〵疑ふべからす、唯々人を取り出たしたきと云ふ心なき故、善き人は出でぬなり、人を取り出たしたきと云ふ心なきことは、学問もなく下の情事の末に疎く、生れなからの上人なる故覚えす手前の才智を自慢し、下心ありて唯々我か心の如き人を欲しきとばかり思ひて、手前の才智にて事足ると思ふより人の欲しき真実の心は起らぬなり、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事惣して御政務の筋は上の私事にあらす、天より仰せふれのまへる御職分なり、況して老中諸頭は上より仰せ付けられたる職分なり、軽き下たる人にても御政務の筋に掛ることを申すは、暫くの内上下御同役也、老中諸役人ともに暫くの内の同役なれは、下たるものも遠慮すへきことにあらされとも、下たるものゝ浅ましさは、御威光に圧れて何程おだてられても云ひかぬるは人情なり、殊に下たるものは暫く其の事を談する内の同役、上は常住の御役儀にて、下たる人を其事にかくるも元上の心なれは、上たる人より云はするやうにせて叶はさることなり、然るに下にものを云はせぬやうにするは天道に対して恐あり、其の上人を使ふ道を知らす、人を知ること老中番頭以上職分第一の重きことなることを知らぬは尸位素餐の罪免かれかたし、
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『徂徠先生答問書』卷中されば人々如此心懸候故、見え兼るもことわりにて候。足下も御先祖様の時代の事御聞可被成候。今の世より見候へば、其時分に名を申候能人と申候は皆疵物にて候。是別の子細に無御座候。其時分はぬり隠し申候事無御座候故、疵見え申候。疵見え申候得ば、人才は見え申候。今時も世上の悪俗に染不申候人は疵多く御座候間、疵物にならでは人才はなき物と被思召、疵物の内にて御ゑらび可被成候。疵もなく才も長じ候人を御尋候はゞ、最前申候御物ずきの注文と申物にて、疵なき人は郷原か巧言令色か扨は庸人と可被思召候。以上。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事且又役人を年久しく役換をさせねは、述懐することなく、其の役に器量相応にて、能く役儀のことを取り捌く人を外の役に替ふることは惜きことなり、是によりて一役に久しく仕置きて役換を申付ぬ時、加增か官位この外仕方なし、是上より下へ賜はりて下たるものに、勇まする道具少き故人を使ふに行支なるなり、町奉行、盗賊奉行なとをする人、役儀を能く勤めて外の役に換へ措しけれと、加增も度々はやられす、是非なく大目付などに役換をさせて、外の人を後役に申付たるとき、幾人申付けても初め大目付に役換をさせたる人の如き人なからんとき、又其人を元役に返すこと後へ歩むことなれは申付け難し、是は譬なり、外の役儀にも箇様なることあるへし、此差支皆な一役一席に立てたるより起りたるなり、
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『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
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尉繚子・武議兵を起こして直ちに甲冑をして蟣蝨(きしつ)を生ぜしむる者は、必ず吾が効用を為す所なり。鷙鳥の雀を逐ふに、人の懐を襲ひ、人の室に入る者有るは、生を出だすに非ざるなり、後ろに憚る有ればなり。太公望、年七十にして、牛を朝歌に屠り、食を盟津に売り、七十余を過ぐるも主聴かず、人人之を狂夫と謂ふなり。文王に遇ふに及びては、則ち三万の衆を提げ、一戦して天下定まる、武議に非ずんば安くんぞ能く此に合はんや。故に曰く、
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