徂徠先生答問書 / 卷上
經書を御覽候共、古の事實を御存知無之候へば、今世の事にて聖人の時代を思召やり候故、違候事のみ多く御座候。文盲なる軍者の申候を承候に、賴朝卿の事を今の將軍家の樣に存候。秩父和田抔をも今世の大名の樣に覺え申候も、時代を不存故に候。國土の替り時代の替りをよく不存候へば、治亂盛衰の道理、古今の差別なく、聖人の道は末世までも用候樣聖人の御立候と申候事は、慥には被知不申事に候。其上歷代の間、樣々の事變樣々の人物御座候故、我知見を廣め候事限り無御座候。是皆歷史の功にて御座候。
新字:経書を御覧候共、古の事実を御存知無之候へば、今世の事にて聖人の時代を思召やり候故、違候事のみ多く御座候。文盲なる軍者の申候を承候に、頼朝卿の事を今の将軍家の様に存候。秩父和田抔をも今世の大名の様に覚え申候も、時代を不存故に候。国土の替り時代の替りをよく不存候へば、治乱盛衰の道理、古今の差別なく、聖人の道は末世までも用候様聖人の御立候と申候事は、慥には被知不申事に候。其上歴代の間、様々の事変様々の人物御座候故、我知見を広め候事限り無御座候。是皆歴史の功にて御座候。
書き下し
経書を御覧候共、古の事実を御存知無之候へば、今世の事にて聖人の時代を思召やり候故、違候事のみ多く御座候。文盲なる軍者の申候を承候に、頼朝卿の事を今の将軍家の様に存候。秩父和田抔をも今世の大名の様に覚え申候も、時代を不存故に候。国土の替り時代の替りをよく不存候へば、治乱盛衰の道理、古今の差別なく、聖人の道は末世までも用候様聖人の御立候と申候事は、慥には被知不申事に候。其上歴代の間、様々の事変様々の人物御座候故、我知見を広め候事限り無御座候。是皆歴史の功にて御座候。
現代語訳
経書をご覧になっても、古の事実をご存じなければ、今の世の事から聖人の時代を推し量られるので、違うことばかり多くなります。無学な軍学者の話を聞くと、源頼朝卿のことを今の将軍家のように思っています。秩父氏や和田氏なども今の大名のように覚えているのも、時代を知らないからです。国土の移り変わりや時代の移り変わりをよく知らなければ、治乱盛衰の道理も古今の区別なく見てしまい、聖人の道は末の世まで用いられるように聖人がお立てになったということも、確かには知ることができません。そのうえ歴代の間にはさまざまな事変、さまざまな人物がありますので、自分の知見を広めることに限りがありません。これはみな歴史の効用です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『学則』学則四古に聖人有り、今聖人無し。故に学は必ず古なり。然れども古無ければ今無く、今無ければ古無し。今詎ぞ廃すべけんや。世世相望む、孰れか古に匪ずして孰れか今に匪ざらん。故に古に通じて以て極を立て、今を知りて以て之を体す。世世を差して以て其の来るを観れば、其の民俗人情に於けるや、猶ほ諸を掌に眎るがごときか。夫れ古今殊なり。何を以てか其の殊なるを見ん。唯だ其の物なり。物は世を以て殊に、世は物を以て殊なり。蓋し秦漢よりして後、聖人有る莫し。然れども亦た各〻建つる所有り。祇だ其の知、物に周からず、聖人無き所以なり。然りと雖も、業已に物有り。必ず諸を志に徴して其の殊なるを見、殊を以て相映じて、而る後に以て其の世を論ずるに足る。爾らずして一定の権衡を懸けて、以て百世を歴詆するは、亦た易易たるのみ。是れ直だ己のみにして其の世を問はず、乃ち何を以てか史を為さん。故に今を知らんと欲する者は必ず古に通じ、古に通ぜんと欲する者は必ず史、史は必ず志にして、而る後に六経益〻明らかなり。六経明らかにして聖人の道に古今無し。夫れ然る後に天下得て治むべし。故に君子は必ず世を論ず。亦た唯だ物なり。
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『徂徠先生答問書』卷下一宋儒古言を失候ても道理は古今一般との儀、此御尋は無理の至極に候。古言を失候へば本文の義理違候。本文の義理違候を道理一般とは、あまりに贔負過と存候。一無点の書を読習候は、僧家の経読の如く致したるが能候哉の由、夫は如何様共可被成候。直読に成共、返り候て成とも、様々に可被成候。指当り一難事と思召の由、尤左様可有御座候。乍去点を御頼候分にては、御学問はいつ迄も同事に可有之候。只歴史又は五雑爼類の物にても。又は医書兵書の類にても、何にても兎角読易き物を御見習候が能御座候。一五代一覧を真字に御直し御覧可被成候由、夫もよく可有御座候得共、左候はヾ先歴史御覧可被成候。歴史御覧なく、只今の通の材木にて真字に御直しは何の益も有之間敷候。
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『徂徠先生答問書』卷下一申残候趣有之候故又申入候。惣て学問の道は文章の外無之候。古人の道は書籍に有之候。書籍は文章に候。能文章を会得して、書籍の儘済し候て我意を少も雑え不申候得ば、古人の意は、明に候。聖人の道は聖人の教法に順はずして可得様曽て無之候。其教法は書籍に有之候故つまる所是又文章に帰し申候。然る所文章も字義も時代に随て致展転候所眼の付所にて候に、後世儒者我物ずきを立候故、道徳は尊く文章は卑き事なりと思ひとり、文章を軽看致し候より、右の所に心付不申、右の所に心付不申候故、古聖人の教法見え分れ不申、我知見にて聖人の道を会得せんとする故皆自己流に罷成候。宋学の輩は識見益鄙陋にて、程朱陽明吾国にて闇斎仁斎等の末師を信ずる事孔子よりも甚敷候。たとへて申候はゞ、仏者の輩釈迦の説をば不用して、深く法然日蓮を信ずるがごとくに候。教に古今なく、道にも古今なく候。聖人の道にて今日の国天下も治り候事に候。外に仕形は無之候。聖人の教にて今日の人も才徳を成就候事に候。是又外に仕形無之候。
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『徂徠先生答問書』卷下古今通貫不申候ては、古聖人の道とも教共不被申候。道も教も普く天下の人に被らしむる事にて、天下の人には愚不肖多く賢智少く候事是又古今の替りなく候。然ば古聖人の道も教も後儒の申候様なる理の六借事は決て無之筈なる事明に候。理の六借事は愚なる人は会得成不申事故、古聖人の道も教も皆わざにもたせ置候事にて、其わざさへ行候得ば、理は不知候ても、自然と風俗移候所より、人の心も直り候て、国天下も治り、又一人の上にても、風儀の移る所より自然と知見各別にひらけ行て才徳を成就する事に候。是聖人の道聖人の教法の妙用に候。是故に今日の学問はひきくひらたく只文章を会得する事に止り候。文章を会得して右の詞済候得ば、古聖人の道も教もわざにて候故、詞の上にて直に見え分れ申事に候。只々異国人の古の詞を会得する事故、文章を会得する事六借候。以上。
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『徂徠先生答問書』卷下一官府事務の文字の事御申越候。通典律令の類御覧不被成候へば済不申物に候。異朝の歴代は、代々の制法に替有之候。皆其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候。是を会得不申候へば其時代の事済不申候故。歴史を見候ても得と済不申物に候。三代の事経書の上は、周礼儀礼々記済不申候へば見え分れ不申候。日本の事跡も、律令延喜式を見不申候へば、公家の代の事は済不申候。右のごとく異国代々の制度の替日本の昔の制度の替を存知候へば、今日当代の上も此処異国と替り、其処昔公家の代と替候と申事明に相知れ申候故、今日の政務の上明に罷成事に候。四書近思録等の理学の書計見候人は、事務の違を不存候故、正真の胡椒丸呑とやらん申物にて候。序に申進候。唐太宗の政務宜敷天下治り候験を斗米三銭と有之候。一斗の米を三文に売申候事に候。近年米価少下直に罷成候へば、武家町人百姓共に困急以の外に候。かやうの違は如何様の儀に候哉。是皆制度の替りより世界の模様にも格別に成行候事に候。官府事務の文字の事被仰下候儀能御心付と存候事に候。
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『徂徠先生答問書』卷中殊に理窟より外に君子の風儀風俗といふ物のある事は是よりならでは会得なりがたく候。後世の詩文章は皆是を祖述いたし、殊に時代近候故会得成易き節多く候故、右の心持にて学候へば、其益多御座候、殊更吾邦にて学問をいたし候は、聖人と申候も唐人経書と申候も唐人言葉にて候故、文字をよく会得不仕候ては聖人の道は難得候。文字を会得仕候事は、古の人の書を作り候ときの心持に成不申候得ば済不申儀故。詩文章を作り不申候得ば会得難成事多御座候。経書計学候人は中々文字のこなれ無御座候故、道理あらくこはくるしく御座候事にて候。依是日本の学者には詩文章殊に肝要なる事にて御座候。此方の和歌抔も同趣に候共、何となく只風俗の女々しく候は、聖人なき国故と被存候。足下抔の上には右に申候程の事無御座候得共、只風雅と申候事を御存候はゞ。是計にても君子の心位を御失ひなく、人の上に御すはり候には其益不少候。総て理学の薫習世に久敷候故、人多く無用の用と申事不被存候て、事々迫切緊急に成行き聖人の道に背き候事共多く御座候。御心を可被付候。以上。
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