徂徠先生答問書 / 卷下
一官府事務の文字の事御申越候。通典律令の類御覽不被成候へば濟不申物に候。異朝の歷代は、代々の制法に替有之候。皆其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候。是を會得不申候へば其時代の事濟不申候故。歷史を見候ても得と濟不申物に候。三代の事經書の上は、周禮儀禮々記濟不申候へば見え分れ不申候。日本の事跡も、律令延喜式を見不申候へば、公家の代の事は濟不申候。右のごとく異國代々の制度の替日本の昔の制度の替を存知候へば、今日當代の上も此處異國と替り、其處昔公家の代と替候と申事明に相知れ申候故、今日の政務の上明に罷成事に候。四書近思錄等の理學の書計見候人は、事務の違を不存候故、正眞の胡椒丸呑とやらん申物にて候。序に申進候。唐太宗の政務宜敷天下治り候驗を斗米三錢と有之候。一斗の米を三文に賣申候事に候。近年米價少下直に罷成候へば、武家町人百姓共に困急以の外に候。かやうの違は如何樣の儀に候哉。是皆制度の替りより世界の模樣にも格別に成行候事に候。官府事務の文字の事被仰下候儀能御心付と存候事に候。
新字:一官府事務の文字の事御申越候。通典律令の類御覧不被成候へば済不申物に候。異朝の歴代は、代々の制法に替有之候。皆其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候。是を会得不申候へば其時代の事済不申候故。歴史を見候ても得と済不申物に候。三代の事経書の上は、周礼儀礼々記済不申候へば見え分れ不申候。日本の事跡も、律令延喜式を見不申候へば、公家の代の事は済不申候。右のごとく異国代々の制度の替日本の昔の制度の替を存知候へば、今日当代の上も此処異国と替り、其処昔公家の代と替候と申事明に相知れ申候故、今日の政務の上明に罷成事に候。四書近思録等の理学の書計見候人は、事務の違を不存候故、正真の胡椒丸呑とやらん申物にて候。序に申進候。唐太宗の政務宜敷天下治り候験を斗米三銭と有之候。一斗の米を三文に売申候事に候。近年米価少下直に罷成候へば、武家町人百姓共に困急以の外に候。かやうの違は如何様の儀に候哉。是皆制度の替りより世界の模様にも格別に成行候事に候。官府事務の文字の事被仰下候儀能御心付と存候事に候。
書き下し
一官府事務の文字の事御申越候。通典律令の類御覧不被成候へば済不申物に候。異朝の歴代は、代々の制法に替有之候。皆其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候。是を会得不申候へば其時代の事済不申候故。歴史を見候ても得と済不申物に候。三代の事経書の上は、周礼儀礼々記済不申候へば見え分れ不申候。日本の事跡も、律令延喜式を見不申候へば、公家の代の事は済不申候。右のごとく異国代々の制度の替日本の昔の制度の替を存知候へば、今日当代の上も此処異国と替り、其処昔公家の代と替候と申事明に相知れ申候故、今日の政務の上明に罷成事に候。四書近思録等の理学の書計見候人は、事務の違を不存候故、正真の胡椒丸呑とやらん申物にて候。序に申進候。唐太宗の政務宜敷天下治り候験を斗米三銭と有之候。一斗の米を三文に売申候事に候。近年米価少下直に罷成候へば、武家町人百姓共に困急以の外に候。かやうの違は如何様の儀に候哉。是皆制度の替りより世界の模様にも格別に成行候事に候。官府事務の文字の事被仰下候儀能御心付と存候事に候。
現代語訳
一つ。官府の事務の文字(役所の文書の言葉)のことを言ってこられました。『通典』や律令の類をご覧にならなければ理解できないものです。中国の歴代王朝は、代々制度に違いがあります。みなその時代その時代の開祖の君主の考えで、世の中全体の組み立てに違いがあるので、制度に違いがあるのです。これを会得しなければ、その時代のことはわからないので、歴史を見てもよくはわからないものです。夏・殷・周の三代のことは、経書の上では『周礼』『儀礼』『礼記』がわからなければ見分けがつきません。日本の事跡も、律令や『延喜式』を見なければ、公家の時代のことはわかりません。このように異国の代々の制度の違い、日本の昔の制度の違いを知っていれば、今日の当代についても、ここが異国と違い、そこが昔の公家の時代と違うということがはっきりわかるので、今日の政務がはっきりと見えてくるのです。四書や『近思録』などの理学の書ばかり読む人は、事務の違いを知らないので、まさに胡椒の丸呑み(味わわずに呑み込むこと)とかいうものです。ついでに申し上げます。唐の太宗の政治がよく天下が治まった証拠として「斗米三銭」とあります。一斗の米を三文で売ったということです。近年、米価が少し下がると、武家も町人も百姓も、ひどく困窮しています。このような違いはどういうことでしょうか。これはみな制度の違いから、世の中の様子も格別に変わっていくのです。官府の事務の文字のことを言ってこられたのは、よくお気づきだと思います。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
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