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徂徠先生答問書 / 卷上

俗學者は、綱目にては道理よく分れ候と思ひ候へ共、夫は實學と申物にては無御座候。綱目に有之候歴代の人物の評判をよく覺候て評判致し候分にては、悉皆覺事にて人のうはさ計に候。人のうはさを致し候を學問と存候故、人柄の能人も、學問いたし候へば人柄惡敷成候事多く御座候は、皆朱子流理學の害にて御座候。通鑑綱目を見候得ば、古今の間氣に入候人一人も無之なり申候。此見解にて今世の人を見候故、人柄惡敷成候事ことはりに候。其上綱目の議論は、印判にて押たるごとく、格定まり道理一定しておしかた極まり申候。天地も活物に候。人も活物に候を、繩などにて縛りからげたるごとく見候は、誠に無用の學問にて、只人の利口を長じ候迄にて御座候故、事實計の資治通鑑はるかに勝り申候。其上四書近思錄にて惡舖理窟つき申候を、又其上に綱目御覽候へば、古今の事跡の上へおしわたし候て、朱子流の理窟を彌習熟いたし候にて御座候。

新字:俗学者は、綱目にては道理よく分れ候と思ひ候へ共、夫は実学と申物にては無御座候。綱目に有之候歴代の人物の評判をよく覚候て評判致し候分にては、悉皆覚事にて人のうはさ計に候。人のうはさを致し候を学問と存候故、人柄の能人も、学問いたし候へば人柄悪敷成候事多く御座候は、皆朱子流理学の害にて御座候。通鑑綱目を見候得ば、古今の間気に入候人一人も無之なり申候。此見解にて今世の人を見候故、人柄悪敷成候事ことはりに候。其上綱目の議論は、印判にて押たるごとく、格定まり道理一定しておしかた極まり申候。天地も活物に候。人も活物に候を、縄などにて縛りからげたるごとく見候は、誠に無用の学問にて、只人の利口を長じ候迄にて御座候故、事実計の資治通鑑はるかに勝り申候。其上四書近思録にて悪舖理窟つき申候を、又其上に綱目御覧候へば、古今の事跡の上へおしわたし候て、朱子流の理窟を弥習熟いたし候にて御座候。

書き下し

俗学者は、綱目にては道理よく分れ候と思ひ候へ共、夫は実学と申物にては無御座候。綱目に有之候歴代の人物の評判をよく覚候て評判致し候分にては、悉皆覚事にて人のうはさ計に候。人のうはさを致し候を学問と存候故、人柄の能人も、学問いたし候へば人柄悪敷成候事多く御座候は、皆朱子流理学の害にて御座候。通鑑綱目を見候得ば、古今の間気に入候人一人も無之なり申候。此見解にて今世の人を見候故、人柄悪敷成候事ことはりに候。其上綱目の議論は、印判にて押たるごとく、格定まり道理一定しておしかた極まり申候。天地も活物に候。人も活物に候を、縄などにて縛りからげたるごとく見候は、誠に無用の学問にて、只人の利口を長じ候迄にて御座候故、事実計の資治通鑑はるかに勝り申候。其上四書近思録にて悪舖理窟つき申候を、又其上に綱目御覧候へば、古今の事跡の上へおしわたし候て、朱子流の理窟を弥習熟いたし候にて御座候。

現代語訳

俗な学者は、『綱目』なら道理がよく分かると思っていますが、それは実学というものではございません。『綱目』にある歴代の人物の評判をよく覚えて評判するだけでは、すべて暗記にすぎず、人の噂ばかりです。人の噂をすることを学問と思っているので、人柄の良い人も、学問をすると人柄が悪くなることが多いのは、みな朱子流の理学の害です。『通鑑綱目』を見ると、古今の間に気に入る人は一人もいなくなります。この見方で今の世の人を見るので、人柄が悪くなるのも当然です。そのうえ『綱目』の議論は、判子で押したように型が決まり、道理が一定して、押し方が決まりきっています。天地も生き物です。人も生き物ですのに、縄などで縛り上げたように見るのは、まことに無用の学問で、ただ人の口先を達者にするだけですから、事実ばかりの『資治通鑑』のほうがはるかに勝っています。そのうえ、四書や『近思録』で悪い理屈が付いているところに、さらに『綱目』をご覧になれば、古今の事跡の上にまで押し広げて、朱子流の理屈をいよいよ習熟することになるのです。

解説

人物評を覚えて論評するだけの学問は、人の噂話にすぎないと徂徠は痛烈に言う。綱目で歴史を読むと古今に気に入る人が一人もいなくなり、その目で今の人を見るから、学問をした人ほど人柄が悪くなる。議論は判子で押したように型が決まっているが、天地も人も活物であり、縄で縛ったように見ることはできない。人事評価や他社の批評でも、型にはめて裁く癖がつくと人を見る目が曇る。生きた人を生きたまま見る柔らかさが、上に立つ者には欠かせない。

この章句が説くこと

活物朱子学実学人物評学問人柄

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