徂徠先生答問書 / 卷上
莊老の道は山林に籠居候一人ものゝ道にて候。釋迦と申候も、世を捨て家を離れ乞食の境界にて、夫より工夫し出したる道にて候故、我身心の上の事計にて、天下國家を治め候道は說不申候。此故に聖人の道も專ら己が身心を治め候にて相濟み、己が身心さへ治まり候へば、天下國家もをのづからに治まり候と申候說は、佛老の緒餘と可被思召候。尤聖人の道にも身を修候事も有之候へ共、それは人の上に立候人は、身の行儀惡敷候へば、下たる人侮り候て信服不申候事、人情の常にて御座候故、下たる人に信服さすべき爲に身を修候事にて、兎角は天下國家を治め候道と申候が聖人の道の主意にて御座候。たとひ何程心を治め身を修め、無瑕の玉のごとくに修行成就候共、下をわが苦世話に致し候心無御座、國家を治むる道を知り不申候はゞ、何の益も無之事に候。依是民の父母と申所より見開き不申候はゞ、何程の金言妙句も、孔子の御相傳被成候堯舜禹湯文武周公の道とは、雲泥萬里の相違にて御座候。聖人の道と佛老の道との分れめ、只此處と可被思召候。以上。
新字:荘老の道は山林に籠居候一人ものゝ道にて候。釈迦と申候も、世を捨て家を離れ乞食の境界にて、夫より工夫し出したる道にて候故、我身心の上の事計にて、天下国家を治め候道は説不申候。此故に聖人の道も専ら己が身心を治め候にて相済み、己が身心さへ治まり候へば、天下国家もをのづからに治まり候と申候説は、仏老の緒余と可被思召候。尤聖人の道にも身を修候事も有之候へ共、それは人の上に立候人は、身の行儀悪敷候へば、下たる人侮り候て信服不申候事、人情の常にて御座候故、下たる人に信服さすべき為に身を修候事にて、兎角は天下国家を治め候道と申候が聖人の道の主意にて御座候。たとひ何程心を治め身を修め、無瑕の玉のごとくに修行成就候共、下をわが苦世話に致し候心無御座、国家を治むる道を知り不申候はゞ、何の益も無之事に候。依是民の父母と申所より見開き不申候はゞ、何程の金言妙句も、孔子の御相伝被成候堯舜禹湯文武周公の道とは、雲泥万里の相違にて御座候。聖人の道と仏老の道との分れめ、只此処と可被思召候。以上。
書き下し
荘老の道は山林に籠居候一人ものゝ道にて候。釈迦と申候も、世を捨て家を離れ乞食の境界にて、夫より工夫し出したる道にて候故、我身心の上の事計にて、天下国家を治め候道は説不申候。此故に聖人の道も専ら己が身心を治め候にて相済み、己が身心さへ治まり候へば、天下国家もをのづからに治まり候と申候説は、仏老の緒余と可被思召候。尤聖人の道にも身を修候事も有之候へ共、それは人の上に立候人は、身の行儀悪敷候へば、下たる人侮り候て信服不申候事、人情の常にて御座候故、下たる人に信服さすべき為に身を修候事にて、兎角は天下国家を治め候道と申候が聖人の道の主意にて御座候。たとひ何程心を治め身を修め、無瑕の玉のごとくに修行成就候共、下をわが苦世話に致し候心無御座、国家を治むる道を知り不申候はゞ、何の益も無之事に候。依是民の父母と申所より見開き不申候はゞ、何程の金言妙句も、孔子の御相伝被成候堯舜禹湯文武周公の道とは、雲泥万里の相違にて御座候。聖人の道と仏老の道との分れめ、只此処と可被思召候。以上。
現代語訳
荘子・老子の道は、山林にこもって暮らす独り者の道です。釈迦というのも、世を捨て家を離れて乞食の境遇となり、そこから工夫し出した道ですから、自分の身と心の上のことばかりで、天下国家を治める道は説いていません。それゆえ、聖人の道ももっぱら自分の身心を治めればそれで済み、自分の身心さえ治まれば天下国家もおのずと治まる、と申す説は、仏老の残りかすとお思いください。もっとも聖人の道にも身を修めることはありますが、それは、人の上に立つ人の身の行いが悪ければ、下の人が侮って信服しないのが人情の常なので、下の人を信服させるために身を修めるのであって、とにかく天下国家を治める道というのが聖人の道の主意なのです。たとえどれほど心を治め身を修め、傷のない玉のように修行を成し遂げたとしても、下を自分の苦労として世話する心がなく、国家を治める道を知らなければ、何の益もないことです。そういうわけで、「民の父母」という所から見開かなければ、どれほどの金言妙句も、孔子が伝えられた堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公の道とは、雲泥万里の違いです。聖人の道と仏老の道との分かれ目は、ただこの所だとお思いください。以上。
解説
この章句が説くこと
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