徂徠先生答問書 / 卷上
是のみに限らず。世界の惣體を士農工商の四民に立候事も、古者聖人の御立候事にて、天地自然に四民有之候にては無御座候。農は田を耕して、世界の人を養ひ、工は家器を作りて世界の人につかはせ、商は有無をかよはして世界の人の手傳をなし、士は是を治めて亂れぬやうにいたし候。各其自の役をのみいたし候へ共、相互に助けあひて、一色かけ候ても國土は立不申候。されば人はものすきなる物にて、はなれ〴〵に別なる物にては無之候へば、滿世界の人こと〴〵く人君の民の父母となり給ふを助け候役人に候。如是御覽候はゞよく相濟可申事に候。此故に士大夫の事を君子と申候。君子と申候は、子は男子の通稱にて君德ある男子と申事にて候。孔子の君子仁を去ていづくんぞ名を成んと被仰候も、君子といふ名は仁よりつけたる物と申事にて御座候。
新字:是のみに限らず。世界の惣体を士農工商の四民に立候事も、古者聖人の御立候事にて、天地自然に四民有之候にては無御座候。農は田を耕して、世界の人を養ひ、工は家器を作りて世界の人につかはせ、商は有無をかよはして世界の人の手伝をなし、士は是を治めて乱れぬやうにいたし候。各其自の役をのみいたし候へ共、相互に助けあひて、一色かけ候ても国土は立不申候。されば人はものすきなる物にて、はなれ〴〵に別なる物にては無之候へば、満世界の人こと〴〵く人君の民の父母となり給ふを助け候役人に候。如是御覧候はゞよく相済可申事に候。此故に士大夫の事を君子と申候。君子と申候は、子は男子の通称にて君徳ある男子と申事にて候。孔子の君子仁を去ていづくんぞ名を成んと被仰候も、君子といふ名は仁よりつけたる物と申事にて御座候。
書き下し
是のみに限らず。世界の惣体を士農工商の四民に立候事も、古者聖人の御立候事にて、天地自然に四民有之候にては無御座候。農は田を耕して、世界の人を養ひ、工は家器を作りて世界の人につかはせ、商は有無をかよはして世界の人の手伝をなし、士は是を治めて乱れぬやうにいたし候。各其自の役をのみいたし候へ共、相互に助けあひて、一色かけ候ても国土は立不申候。されば人はものすきなる物にて、はなれ〴〵に別なる物にては無之候へば、満世界の人こと〴〵く人君の民の父母となり給ふを助け候役人に候。如是御覧候はゞよく相済可申事に候。此故に士大夫の事を君子と申候。君子と申候は、子は男子の通称にて君徳ある男子と申事にて候。孔子の君子仁を去ていづくんぞ名を成んと被仰候も、君子といふ名は仁よりつけたる物と申事にて御座候。
現代語訳
これだけに限りません。世の中全体を士農工商の四民に立てたことも、古の聖人がお立てになったことで、天地自然に四民があるのではございません。農は田を耕して世の人を養い、工は家財道具を作って世の人に使わせ、商は有る所と無い所を通わせて世の人の手伝いをし、士はこれを治めて乱れないようにします。それぞれ自分の役だけをしていますが、互いに助け合っていて、一種類欠けても国土は立ちゆきません。だから人は、もともと寄り合って暮らすもので、離れ離れの別々のものではないのですから、世界中の人はことごとく、君主が民の父母となられるのを助ける役人なのです。このようにご覧になれば、よく納得がいくはずです。それゆえ士大夫のことを君子と申します。君子というのは、「子」は男子の通称で、君の徳ある男子ということです。孔子が「君子、仁を去りて悪くにか名を成さん」とおっしゃったのも、君子という名は仁から付けたものだということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之三一学問の道は、他にあらず、只、善悪を明らかに知りて、善を行ひ悪を去るにあり。およそ人は、ただ心もわざも、善に志し善を行ひて、人をあはれみめぐみ、人を楽ましめて、人を苦めず、人をよみして、人をにくまず、人をうらみず、人の善を褒めて、人をそしらず、これ即ち仁の理にして、君子の道なり。人となりては、君子の道を学び行ふべし。善に志なく、善を行はずして、人を苦めて、人を憐まず、人を侮りて、人を敬はず、人を怨み怒り、人を譏る、是小人の道なり。人となりて、小人の道を行ふべからず。
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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『徂徠先生答問書』卷上一何にても平生御提撕被成候て利益多候儀を可申進候旨御求め被仰下候。遠境御深切の儀感入候。聖人の道広大無辺なる儀に候。就中君子の道を申候はゞ、仁の外に又肝要なる儀無御座候。仁は慈悲の事と大形は心得候得共、慈悲に様々御座候故、的切の訓解にては無御座候。天理人欲の説は後世の見識にて、大なる相違に候。惻隠の心は仁也と申候事も、孟子は子細有之被申候事に御座候。惻隠の心は、大形は尼御前などの慈悲に被成候故。今日難取用候。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
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論語・子路篇樊遅、稼を学ばんことを請う。子曰く、「吾老農に如かず。」圃を為るを学ばんことを請う。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遅出づ。子曰く、「小人なるかな、樊須や。上礼を好めば、則ち民敢えて敬せざること莫し。上義を好めば、則ち民敢えて服せざること莫し。上信を好めば、則ち民敢えて情を用いざること莫し。夫れ是くの如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負して至らん。焉んぞ稼を用いん。」
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『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
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