徂徠先生答問書 / 序
余語子遷曰。傳焉哉。登高必自卑。此書雖以國字行。豈不裨益後世哉。且夫非入其門。不可觀室家之美。雖先生之門牆大高哉。如我與吾子。亦皆得與聞其說。而如先生他所著。亦未可遽以暗投人。則此書庶乎爲先容焉乎。以余忝在邦君之末。不得延後生而一諭之。乃序其端。以善子遷之擧。且以言志之同。乙巳之春。西臺滕忠統撰。
新字:余語子遷曰。伝焉哉。登高必自卑。此書雖以国字行。豈不裨益後世哉。且夫非入其門。不可観室家之美。雖先生之門牆大高哉。如我与吾子。亦皆得与聞其説。而如先生他所著。亦未可遽以暗投人。則此書庶乎為先容焉乎。以余忝在邦君之末。不得延後生而一諭之。乃序其端。以善子遷之挙。且以言志之同。乙巳之春。西台滕忠統撰。
書き下し
余、子遷に語りて曰く、焉を伝へんかな。高きに登るは必ず卑きよりす。此の書国字を以て行はると雖も、豈に後世に裨益せざらんや。且つ夫れ其の門に入るに非ずんば、室家の美を観るべからず。先生の門牆大いに高しと雖も、我と吾子との如きも、亦た皆其の説を与り聞くを得たり。而して先生の他の著す所の如きは、亦た未だ遽かに暗を以て人に投ずべからず。則ち此の書庶はくは先容と為らんか。余忝くも邦君の末に在るを以て、後生を延きて一たび之を諭すを得ず。乃ち其の端に序し、以て子遷の挙を善みし、且つ以て志の同じきを言ふ。乙巳の春、西台滕忠統撰す。
現代語訳
私は子遷に語った。「ぜひ伝えるべきだ。高い所に登るには、必ず低い所から始める。この書は仮名まじりの国字で書かれているが、どうして後世の役に立たないことがあろうか。そもそも門の中に入らなければ、屋敷の美しさは見られない。先生の門の塀はたいへん高いが、私やあなたのような者でも、みなその説を聞くことができた。だが先生のほかの著書は、まだにわかに、事情を知らない人へ投げ与えるべきではない。それならこの書が、先に立って紹介する役目を果たしてくれるのではないか。」私はかたじけなくも大名の末席にあるので、若い人々を招いて一度この教えを説くことができない。そこでこの書の初めに序を書いて、子遷の企てをたたえ、あわせて志を同じくすることを述べる。乙巳(享保十年)の春、西台の滕忠統(本多忠統)が撰す。
解説
この章句が説くこと
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