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弁名 / 序

孔子既歿。百家坌涌。各以其所見以名之。物始舛矣。獨七十子之徒。愼守其師說以傳之。迨乎漢代。人異經。經異家。其言雖人人殊。要皆七十子之徒所傳也。雖有舛焉者乎。此之所失。彼或存焉者亦有之。參彼此以求之。庶乎名與物不舛也邪。傳舊故也。馬融鄭玄旁通諸家。有所稽定。斯有所擯斥。於是乎顓門之學廢。而名與物舛焉者。不復可得而識矣。所不傳者多故也。豈不惜乎。

新字:孔子既歿。百家坌涌。各以其所見以名之。物始舛矣。独七十子之徒。慎守其師説以伝之。迨乎漢代。人異経。経異家。其言雖人人殊。要皆七十子之徒所伝也。雖有舛焉者乎。此之所失。彼或存焉者亦有之。参彼此以求之。庶乎名与物不舛也邪。伝旧故也。馬融鄭玄旁通諸家。有所稽定。斯有所擯斥。於是乎顓門之学廃。而名与物舛焉者。不復可得而識矣。所不伝者多故也。豈不惜乎。

書き下し

孔子既に歿し、百家坌涌し、各々其の見る所を以て之に名づけ、物始めて舛ふ。独り七十子の徒、慎みて其の師説を守りて以て之を伝ふ。漢代に迨びて、人ごとに経を異にし、経ごとに家を異にす。其の言、人人殊なると雖も、要は皆七十子の徒の伝ふる所なり。舛ふ者有りと雖も、此の失ふ所、彼或いは存する者も亦た之有り。彼此を参へて以て之を求むれば、名と物と舛はざるに庶からんか。旧きを伝ふるが故なり。馬融・鄭玄、諸家に旁通し、稽定する所有り、斯に擯斥する所有り。是に於てか顓門の学廃れて、名と物と舛ふ者、復た得て識るべからず。伝はらざる所多きが故なり。豈に惜しからずや。

現代語訳

孔子が亡くなると、諸子百家がわき起こり、それぞれ自分の見方で物に名をつけたので、名と物が食い違いはじめた。ただ孔子の七十人の弟子たちだけは、師の説を慎んで守り伝えた。漢代になると、人ごとに専門の経書が違い、経書ごとに学派が違った。その説は人によってまちまちだったが、要するにみな七十子の伝えたものである。食い違いはあっても、こちらで失われたものがあちらに残っていることもあった。両方を突き合わせて求めれば、名と物が食い違わずにすむところまで近づけたであろう。古い伝えをそのまま伝えていたからである。ところが馬融・鄭玄(後漢の大学者)が諸家に通じて説を定めると、採るものがある一方で退けるものも出た。こうして一経を専門に守る学は廃れ、名と物の食い違いはもはや見分けられなくなった。伝わらなくなったものが多いからである。なんと惜しいことか。

解説

孔子以後、言葉の意味がどう崩れていったかを徂徠は歴史として語る。漢代の諸学派はばらばらでも古い伝えを保っていたので、突き合わせれば元の意味に近づけた。ところが馬融・鄭玄が諸説を一つにまとめた結果、退けられた説が消え、照合の手がかりそのものが失われたという。統一や整理は便利だが、異説を捨てると後から誤りを正す材料がなくなる。社内の手順書を一本化するとき、旧版や現場ごとの工夫を消してしまうと、なぜそうしていたのかが分からなくなる。多様な記録を残しておくことは、未来の検証のための備えなのである。

この章句が説くこと

古文辞学問伝承孔子鄭玄名

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