酔古堂剣掃 / 集法・之を合すれば雙美
晉人清談,宋人理學,以晉人遺俗,以宋人禔躬,合之雙美,分之兩傷也。
新字:晋人清談,宋人理学,以晋人遺俗,以宋人禔躬,合之双美,分之両傷也。
書き下し
晉人の清談、宋人の理學、晉人を以て俗を遺れ、宋人を以て躬を禔む。之を合すれば雙美、之を分かてば兩傷なり。
現代語訳
晋の人の清談と、宋の人の理学。晋の人に学んで俗を忘れ、宋の人に学んで身を慎みます。この二つを合わせればどちらも美しく、分けてしまえば両方とも損なわれます。
解説
自由な精神と厳格な修養とを、組み合わせてこそ生きると説いた一則です。晋人の清談は、魏晋の名士たちが俗事を離れて老荘を論じた談論で、世俗へのとらわれを脱する力があります。宋人の理学は、朱子学に代表される修養の学で、身を正す力があります。禔躬は身を安らかに慎むことです。清談だけでは放縦に流れ、理学だけでは堅苦しくなります。両方を合わせれば、とらわれない心と正しい身の持し方がそろうのです。自由と規律は対立するものではなく、互いを補い合うものだと考えたいものです。
この章句が説くこと
中庸修身清談学問調和
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