徂徠先生答問書 / 序
七十子沒。而諸家殽亂。瞋目語難。察焉自好。彫龍炙轂。懼然顧化。擾擾絲棼。道將爲天下裂。或謂吾可以爲聖人。或謂通性命之道。可以坐治天下也。後世祖述此說者。曷嘗不謂聖人之道具是矣。雖陽爲推尊六藝。然事有所不合。則亦陰斷之諸子。甘心其所徵焉。所謂詩書恒言者。子焉爲芻狗。曰吾之可以爲聖。則孔子而後數千餘年。圜冠方屨。逢衣博帶。巍然稱儒者。莫不謂吾是聖也。是何聖。抑何多也。曰有此理葢可學而爲。則孔子而後數千餘年。寥寥乎不見一人造焉者。而欲造焉。抑何迂也。則吾不信也。至性命之說。後世滔滔者皆以爲言。推歸至微。割膚分理。要亦濫也耳。靜言庸違。其奈天下國家何。而其徒誦義無窮。此何以稱焉。
新字:七十子没。而諸家殽乱。瞋目語難。察焉自好。彫竜炙轂。懼然顧化。擾擾糸棼。道将為天下裂。或謂吾可以為聖人。或謂通性命之道。可以坐治天下也。後世祖述此説者。曷嘗不謂聖人之道具是矣。雖陽為推尊六芸。然事有所不合。則亦陰断之諸子。甘心其所徴焉。所謂詩書恒言者。子焉為芻狗。曰吾之可以為聖。則孔子而後数千余年。圜冠方屨。逢衣博帯。巍然称儒者。莫不謂吾是聖也。是何聖。抑何多也。曰有此理葢可学而為。則孔子而後数千余年。寥寥乎不見一人造焉者。而欲造焉。抑何迂也。則吾不信也。至性命之説。後世滔滔者皆以為言。推帰至微。割膚分理。要亦濫也耳。静言庸違。其奈天下国家何。而其徒誦義無窮。此何以称焉。
書き下し
七十子没して、諸家殽乱す。目を瞋らして語難く、察して自ら好む。彫龍炙轂、懼然として化を顧み、擾擾として糸棼る。道将に天下の為に裂けんとす。或いは吾以て聖人と為るべしと謂ひ、或いは性命の道に通ずれば、以て坐して天下を治むべしと謂ふ。後世此の説を祖述する者、曷ぞ嘗て聖人の道是に具はると謂はざらんや。陽には六芸を推尊すと為すと雖も、然れども事合はざる所有れば、則ち亦た陰に之を諸子に断じ、其の徴する所に甘心す。所謂詩書の恒言なる者は、子焉として芻狗と為す。吾の以て聖と為るべしと曰はば、則ち孔子よりして後数千余年、円冠方屨、逢衣博帯、巍然として儒者と称する、吾は是れ聖なりと謂はざるは莫し。是れ何の聖ぞ、抑も何ぞ多きや。此の理有り、蓋し学んで為るべしと曰はば、則ち孔子よりして後数千余年、寥寥乎として一人の焉に造る者を見ず。而るに焉に造らんと欲す、抑も何ぞ迂なるや。則ち吾は信ぜざるなり。性命の説に至りては、後世滔滔たる者皆以て言を為す。推して至微に帰し、膚を割き理を分かつ。要するに亦た濫なるのみ。静かに言へども庸ふれば違ふ、其れ天下国家を奈何せん。而るに其の徒、義を誦して窮まり無し。此れ何を以てか称せんや。
現代語訳
孔子の七十人の高弟が亡くなると、諸家が入り乱れた。目をむいて議論を難しくし、細かく詮索しては自分の説を好み、龍を彫るように言葉を飾り、車軸の油壺を炙るように尽きない弁舌をふるい(戦国の弁士の故事)、おどおどと変化に目を奪われ、糸がもつれるように乱れて、道は天下のためにまさに引き裂かれようとした。ある者は「自分は聖人になれる」と言い、ある者は「性命(人の本性と天命)の道に通じれば、座ったままで天下を治められる」と言った。後世この説を受け継ぐ者で、聖人の道はこれに尽きると言わなかった者がいただろうか。表向きは六芸(六経)を尊ぶと言いながら、事柄が合わない所があれば、陰で諸子の説によって裁き、その証拠に満足している。いわゆる『詩経』『書経』の常の言葉は、ぽつんと捨て置かれ、祭りの後のわら犬のように扱われる。「自分は聖人になれる」と言うのなら、孔子以後数千年、丸い冠に四角い履、ゆったりした衣に幅広の帯を締めて堂々と儒者を名乗る者は、みな自分は聖人だと言っていることになる。それは何という聖人か、またなんと多いことか。「その理があるのだから、学べば聖人になれる」と言うのなら、孔子以後数千年、そこに至った者は一人も見えず、寥々たるものである。それなのにそこに至ろうとするのは、なんと回り遠いことか。だから私は信じない。性命の説に至っては、後世の滔々たる者がみなこれを口にする。突き詰めてごく微細な所に帰し、皮膚を割き筋目を分けるように論じるが、要するにこれも行き過ぎにすぎない。言うことはもっともらしくても、用いれば外れる。それで天下国家をどうするのか。それなのにその徒は義理を唱えて尽きることがない。これで何をたたえられるというのか。
解説
この章句が説くこと
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