修身要領 / 第二十条
博愛の情は、同類の人間に対するに止まる可らず。禽獣を虐待し又は無益の殺生を為すが如き、人の戒む可き所なり。
書き下し
博愛の情は、同類の人間に対するにとどまるべからず。禽獣を虐待し、または無益の殺生を為すが如き、人の戒むべき所なり。
現代語訳
博愛の気持ちは、同じ人間に向けるだけにとどまってはいけません。鳥や獣を虐待したり、無駄に命を奪ったりすることは、人が戒めるべきことです。
解説
前の条で述べた博愛を、人間だけでなく生き物にまで広げ、動物の虐待や無益な殺生を戒めた条です。明治の道徳綱要のなかでこうした項目が置かれていることは、注目してよい点です。思いやりは相手を選んで使い分けるものではなく、その人の性質そのものとして表れる、という見方がうかがえます。現代の職場でも、立場の弱い相手や、反論できない相手への振る舞いに人柄が出ます。見返りのない対象にどう接するかを問う条として読めます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
博愛禽獣虐待無益の殺生戒め思いやり
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「人皆忍びざる所有り。之を其の忍ぶ所に達するは、仁なり。人皆為さざる所有り。之を其の為す所に達するは、義なり。人能く人を害せんと欲する無きの心を充たさば、仁勝げて用う可からざるなり。人能く穿踰する無きの心を充たさば、義勝げて用う可らざらるなり。人能く爾汝を受くる無きの實を充たさば、往く所として義為らざるは無きなり。士未だ以て言う可からずして言う、是れ言うを以て之を餂るなり。以て言う可くして言わざる、是れ言わざるを以て之を餂るなり。是れ皆穿踰の類なり。」
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言志四録・言志晩録 別存 第十一条 老いたる轎夫を思ふ公齢十一二の時、旁近の花市を過ぐる毎に、必ず轎にて行く。一日門を出でて数百歩、轎を卸して徒行す。左右轎を勧むれども、肯ぜず。既に帰る。左右問ふ、「今日何を以て轎せざるか」と。公笑ひて曰く、「轎夫中に一老人有り。為に其の任を軽くせしのみ」と。左右皆驚嘆す。
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孟子・梁惠王章句上孟子、梁の襄王に見ゆ。出でて人に語げて曰く、「之を望むに人君に似ず。之に就くに畏るる所を見ず。卒然として問うて曰く、『天下惡にか定まらん。』吾對えて曰く、『一に定まらん。』『孰か能く之を一にせん。』對えて曰く、『人を殺すを嗜まざる者、能く之を一にせん。』『孰か能く之に與せん。』對えて曰く、『天下與せざる莫きなり。王、夫の苗を知るか。七八月の間、旱すれば、則ち苗槁(かれる)れん。天、油然として雲を作し、沛然として雨を下さば、則ち苗浡然(ボツ・ゼン)として之に興きん。其れ是の如くなれば、孰か能く之を禦(とどめる)めん。今夫れ天下の人牧、未だ人を殺すことを嗜まざる者有らざるなり。如し人を殺すことを嗜まざる者有らば、則ち天下の民皆な領(くび)を引いて之を望まん。誠に是の如くなれば、民の之に歸すること、由ほ水の下きに就きて沛然たるがごとし。誰か能く之を禦めん。』」
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