言志四録 / 言志晩録 別存 第十一条 老いたる轎夫を思ふ
公齡十一二時。毎過旁近花市。必轎行。一日出門數百歩。卸轎徒行。左右勸轎。不肯。既歸。左右問今日何以不轎乎。公咲曰。轎夫中有一老人。爲輕其任耳。左右皆驚嘆。
新字:公齢十一二時。毎過旁近花市。必轎行。一日出門数百歩。卸轎徒行。左右勧轎。不肯。既帰。左右問今日何以不轎乎。公咲曰。轎夫中有一老人。為軽其任耳。左右皆驚嘆。
書き下し
公齢十一二の時、旁近の花市を過ぐる毎に、必ず轎にて行く。一日門を出でて数百歩、轎を卸して徒行す。左右轎を勧むれども、肯ぜず。既に帰る。左右問ふ、「今日何を以て轎せざるか」と。公笑ひて曰く、「轎夫中に一老人有り。為に其の任を軽くせしのみ」と。左右皆驚嘆す。
現代語訳
公(林述斎)が十一、二歳のころ、近所の花市に出かけるたびに、いつも駕籠に乗って行った。ある日、門を出て数百歩のところで駕籠を下ろさせ、歩いて行った。お付きの者が駕籠に乗るよう勧めたが、聞き入れなかった。帰ってから、お付きの者が「今日はなぜ駕籠に乗られなかったのですか」と尋ねた。公は笑って言った。「駕籠かきの中に一人年寄りがいた。だからその者の負担を軽くしてやっただけだ」。お付きの者は皆、驚き感嘆した。
解説
述斎が十一、二歳の少年だったころの逸話です。大名の子として駕籠で出かけるのが当たり前だったのに、ある日途中で駕籠を降りて歩きました。理由を問われると、駕籠かきの中に年寄りがいたので負担を軽くしてやったのだと笑って答えたといいます。目下の者の苦労に自然と目が向き、しかもそれをその場で言い立てずに行動で示したところに、周囲は驚いたのでしょう。後の条で一斎は、述斎の人をいたわる心は人一倍だったと記しており、その芽生えをこの話に見ていたと考えられます。立場が上がるほど、自分を支えている人の負担は見えにくくなります。目の前の人の事情に気づけているかを振り返らせる話です。
この章句が説くこと
思いやり仁目下への配慮幼時人徳
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