修身要領 / 第七条
独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、自から思慮判断するの智力を具へざる可らず。
書き下し
独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、みずから思慮判断するの智力を具えざるべからず。
現代語訳
独立自尊の人は、自分の身の振り方や進む方向を他人に任せず、自分で考え、判断するだけの知力を備えていなければなりません。
解説
自分の進路を他人に決めさせず、自分で考えて判断する力を持てという条です。独立の中身を、行動や経済だけでなく、思考と判断にまで広げています。福沢は、人に頼って生きる依存心を長く戒めており、この条はその考えを短く言い切ったものです。現代の職場では、上司の指示を待つ、前例に従う、周りの空気に合わせるといった行動が、安全に見えて自分の判断を手放すことがあります。助言を求めること自体は悪くありませんが、最後に選ぶ人は自分でありたいものです。決めた結果を引き受ける覚悟が、判断力の土台になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
思慮判断依頼心独立自尊進退智力自己決定
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『呻吟語』外篇・治道・枉尺直尋政を為すに私に徇ひ、謗を弭め、道に違ひ、譽を干むるを以て第一の恥と為す。人上たる者は自ら應に行ふべき道理有り。合へば則ち行ひ、合はざれば則ち去る。若し委曲遷就し、利を計り害を慮らば、身を奉じて退くに如かず。孟子の謂ふ枉尺直尋は、推し起こし來たる可からず。一寸を枉げて千尺を直くすと雖も、恐らくは亦た未だ可ならざるなり。或るひと曰く、「君親の際に處するに、恐らくは當に枉ぐべき處有らん」と。曰く、「當に枉ぐべくんば則ち之を枉ぐと謂ふを得ず。是れを權以て經を行ふと謂ふ。畢竟是れ直道にして行ふなり」と。
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言志四録・言志録 第八十七条 托孤の任托孤の任に当る者は、孤主の年長ずるに迨びて、則ち当に早く権を君に還して以て自ら退避すべし。乃ち能く君臣両つながら全し。伊尹曰く、「臣寵利を以て成功に居ること罔かれ」と。是れ阿衡実践の言にして、万世大臣の亀鑑なり。
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