修身要領 / 第六条
敢為活溌堅忍不屈の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず。
書き下し
敢為活発堅忍不屈の精神をもってするに非ざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠くべからず。
現代語訳
思い切って事を行い、活発で、耐え忍んで屈しない精神がなければ、独立自尊の主義を実際に形にすることはできません。人は、自ら進んで取り組む勇気と、守るべきものをしっかり守る勇気の、両方を欠いてはなりません。
解説
独立自尊は考え方だけでは成り立たず、実行する精神力が必要だと述べる条です。敢為は思い切って事を行うこと、堅忍不屈は耐えて屈しないことを指します。さらに、進取と確守、つまり新しいことに踏み出す勇気と、守るべきものを守りぬく勇気を並べている点が目を引きます。攻めだけでも守りだけでも足りません。新規事業に挑む場面でも、品質や信用を守る場面でも、勇気の向きが違うだけで求められるものは同じです。自分は今、どちらの勇気が足りていないかを見つめ直す手がかりになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
敢為活発堅忍不屈進取確守勇気実行
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『春秋左氏伝』文公二年 狼瞫、死所を得る瞫曰く、「《周志》に之れ有り、『勇にして則ち上を害するは、明堂に登らず』と。死して義ならざるは、勇に非ざるなり。共に用ゐらるる之を勇と謂ふ。吾勇を以って右を求む。勇無くして黜けらるるは、亦た其の所なり。上我を知らずと謂ふも、黜けられて宜ならば、乃ち我を知るなり。子姑く之を待て」と。彭衙に及びて既に陳し、其の屬を以って秦の師に馳せ、焉に死す。晉の師之に從ひ、大いに秦の師を敗る。君子謂ふ、狼瞫是に於いてか君子なり、と。《詩》に曰く、「君子如し怒らば、亂庶(こひねが)はくは遄(すみ)やかに沮(や)まん」と。又曰く、「王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整ふ」と。怒りて亂を作さず、而して以って師に從ふ、君子と謂ふ可し。秦伯猶ほ孟明を用ふ。孟明增して國政を脩め、重ねて民に施す。趙成子諸大夫に言ひて曰く、「秦の師又至らば、將に必ず之を辟けんとす。懼れて德を增す、當たる可からざるなり。《詩》に曰く、『爾が祖を念ふ毋からんや、聿(ここ)に厥の德を脩む』と。孟明之を念へり。德を念ひて怠らず、其れ敵す可けんや」と。
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論語・述而篇子、顔淵に謂いて曰く、「之を用うれば則ち行い、之を舎つれば則ち蔵る。惟だ我と爾と是れ有るかな。」子路曰く、「子、三軍を行らば、則ち誰と与にせん。」子曰く、「暴虎馮河、死して悔い無き者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成す者なり。」
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『肝要工夫録』・勇気とは勇はいさむと訓じて、何事も決斷よく、物事をしとげ、少しも臆する氣なく、外は溫和謙遜にして、かりそめにも、人の無禮を咎めず、內に勇剛を專にして、血氣麁忽の振舞なく、いかにも柔に見ゆるといへども、心操の大丈夫なること、鐵石の如くなるを、勇氣の者といふ。武士は、とりわけ勇氣なくては叶はぬ事にて、諺にも、唐土の虎は毛を惜み、日本の武士は名を惜むといへるは本朝の武士の勇氣を、よく〱言ひ取りたる言葉なり。名を惜むは、恥ある士の心にて、義勇ともに名を惜む中に備はることなれば、名利などいへる意味とは大に違ふ事なり。故に勉めて武勇を勵むべき事、肝要なり。しかれども、あしく勇に勵むときは、血氣の勇にして、俠者といふ者なり。
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『春秋左氏伝』哀公二年 鉄の戦い下卿の罰なり」と。甲戌、將に戰はんとす。郵無恤、簡子に御たり、衛の太子右たり。鐵上に登り、鄭の師の眾きを望見す。大子懼れ、自ら車下に投ず。子良、大子に綏を授けて之に乘らしめて曰く、「婦人なり」と。簡子列を巡りて曰く、「畢萬は匹夫なり。七たび戰ひて皆獲、馬百乘を有ちて、牖下に死せり。群子之を勉めよ。死は寇に在らず」と。繁羽、趙羅に御たり、宋勇右たり。羅勇無く、之を麇(つな)ぐ。吏之を詰る。御對へて曰く、「痁作りて伏せり」と。衛の大子禱りて曰く、「曾孫蒯聵、敢へて昭らかに皇祖文王・烈祖康叔・文祖襄公に告ぐ。鄭勝は亂に從ひ、晉午は難に在りて、亂を治むる能はず、鞅をして之を討たしむ。蒯聵敢へて自ら佚せず、矛を持するに備はる。敢へて告ぐ、筋を絕つこと無く、骨を折ること無く、面を傷つくること無く、以て大事を集(な)さしめよ。三祖の羞と作ること無からん。大命は敢へて請はず。佩玉は敢へて愛まず」と。鄭人、簡子を擊ちて肩に中つ。車中に斃る。其の蜂旗を獲たり。大子之を救ふに戈を以てす。鄭の師北(に)ぐ。溫の大夫趙羅を獲たり。大子復た之を伐つ。
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説苑・立節士君子の勇有りて行に果なる者、以て節を立て誼を行わずして、妄死非名を以てするは、豈に痛ましからずや。士殺身以て仁を成し、害に触れて以て義を立て、節理に倚りて死地を議せざる有り。故に能く身死して名来世に流る、勇断有るに非ずんば、孰か能く之を行わんや。
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