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呻吟語 / 内篇・修身・身は道の輿なり

身者,道之輿也。身載道以行,道非載身以行也。故君子道行,則身從之以進;道不行,則身從之以退。道不行而求進不已,譬之大賈百貨山積不售,不載以歸,而又以空輿僱錢也;販夫笑之,貪鄙孰甚焉?故出處之分,只有工語:道行則仕, 道不行則卷而懷之。舍是皆非也。

新字:身者,道之輿也。身載道以行,道非載身以行也。故君子道行,則身従之以進;道不行,則身従之以退。道不行而求進不已,譬之大賈百貨山積不售,不載以帰,而又以空輿僱銭也;販夫笑之,貪鄙孰甚焉?故出処之分,只有工語:道行則仕, 道不行則巻而懐之。舎是皆非也。

書き下し

身なる者は、道の輿なり。身は道を載せて以て行く。道は身を載せて以て行くに非ざるなり。故に君子は道行はるれば、則ち身之に從ひて以て進む。道行はれざれば、則ち身之に從ひて以て退く。道行はれずして進むを求めて已まざるは、之を譬ふれば大賈の百貨山積して售れざるに、載せて以て歸らずして、又た空輿を以て錢を僱ふがごとし。販夫も之を笑ふ。貪鄙孰れか甚だしからんや。

現代語訳

身は道を載せる車です。身が道を載せて進むのであって、道が身を載せて進むのではありません。だから君子は、道が行われるなら身もそれに従って進み、道が行われないなら身もそれに従って退きます。道が行われないのに進もうとしてやめないのは、たとえれば大商人が百の品を山と積んで売れないのに、積んで帰らず、空の車に金を払って運ばせるようなものです。行商人でさえ笑うでしょう。貪りと卑しさで、これ以上のものがあるでしょうか。

解説

身を車、道を積荷と見立てます。積荷のために車があるのであって、逆ではない。だから積荷が受け入れられない場では車も引き返すべきだ、というのが進退の筋です。そして道が行われないのに留まる姿を、空の車に金を払って走らせる商人にたとえます。荷を降ろしたのに走り続けている姿で、地位にしがみつく様子を言い当てた比喩です。

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