言志四録 / 言志録 第八十七条 托孤の任
當托孤之任者。迨孤主年長。則當早還權於君以自退避。乃能君臣兩全。伊尹曰。臣罔以寵利居成功。是阿衡實踐之言。萬世大臣之龜鑑也。
新字:当托孤之任者。迨孤主年長。則当早還権於君以自退避。乃能君臣両全。伊尹曰。臣罔以寵利居成功。是阿衡実践之言。万世大臣之亀鑑也。
書き下し
托孤の任に当る者は、孤主の年長ずるに迨びて、則ち当に早く権を君に還して以て自ら退避すべし。乃ち能く君臣両つながら全し。伊尹曰く、「臣寵利を以て成功に居ること罔かれ」と。是れ阿衡実践の言にして、万世大臣の亀鑑なり。
現代語訳
先君から幼い遺児を託される任務を担った者は、その幼君が成長したならば、早く権力を君主に返して、自らは身を引くべきである。そうしてこそ君主と臣下の双方がともに全うされる。伊尹(殷の湯王を補佐した名臣)は「臣下は寵愛や利益を頼みに、成し遂げた功績の座に居座ってはならない」と言った。これは阿衡(伊尹の官名)が自ら実践した言葉であり、永遠に大臣たる者の手本である。
解説
前条の「大臣其の人を得れば」を受けて、幼君を託された臣の身の処し方を説いた一条です。「托孤」は先君から遺児を託されること。伊尹の言葉は『書経』咸有一徳篇にあり、伊尹は殷の太甲を補佐し、一時は退けて反省させたのち、政権を返して身を引いたと伝えられます。功を立てた者ほどその座に居続けたくなりますが、それが君臣の関係を損ない、自らの晩節も汚します。「両つながら全し」とあるように、退くことは君主のためだけでなく自分を全うする道でもあるのです。後継者を育てた経営者や、立ち上げを担った責任者が、いつどう手を離すかを考えるうえで示唆のある一条です。
この章句が説くこと
進退事業承継補佐功成り身退く権力
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