朱子家訓 / 善欲人見
善欲人見,不是真善; 惡恐人知,便是大惡。
新字:善欲人見,不是真善; 悪恐人知,便是大悪。
書き下し
善は人の見んことを欲するは、是れ真の善ならず。 悪は人の知らんことを恐るるは、便ち是れ大悪なり。
現代語訳
善い行いを人に見てもらいたいと思うのは、本当の善ではありません。 悪い行いを人に知られるのを恐れるのは、まさにそれこそが大きな悪です。
解説
善悪を行為そのものでなく、動機の側から見つめた条です。善いことをしても、人に見られたい、褒められたいという心が混じれば、それは名声のための行いになります。逆に、悪を働いてもそれが知られることだけを恐れるのは、悪を悪とも思わず、露見だけを気にしている状態で、かえって罪が重いと読めます。「慎独」、つまり誰も見ていないときにこそ身を慎むという儒教の教えとも通じます。現代の仕事では、見られていない場面での手順や品質への誠実さが、会社の信用を最終的に支えます。評価されるかどうかと別に、自分の基準で動けるでしょうか。
この章句が説くこと
善真善大悪動機慎独誠実
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