墨子 / 非命下
是故子墨子曰:今天下之君子之為文章出言談也,非将勤勞其頰舌,而利其唇呡也,中實将欲為其國家邑里萬民刑政者也。今也王公大人之所以早朝晏退,聴獄治政,終朝均分而不敢怠倦者,何也?曰:彼以為强必治,不强必亂,强必寕,不强必危,故不敢怠倦。
新字:是故子墨子曰:今天下之君子之為文章出言談也,非将勤労其頰舌,而利其唇呡也,中実将欲為其国家邑里万民刑政者也。今也王公大人之所以早朝晏退,聴獄治政,終朝均分而不敢怠倦者,何也?曰:彼以為强必治,不强必乱,强必寕,不强必危,故不敢怠倦。
書き下し
是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
現代語訳
だから墨子が言った。いま天下の君子が文章を作り言論を出すのは、頬と舌を骨折らせ、唇を働かせるためではない。心の底では国家や町や万民の政治を正そうとしているのだ。いま王公大人が朝早く出仕し遅く退き、訴えを聞き政務を治め、朝じゅう仕事を割り振って怠らないのはなぜか。彼はこう考えている。努めれば必ず治まり、努めなければ必ず乱れる。努めれば必ず安らかで、努めなければ必ず危うい。だから怠らないのだ。
解説
議論は口先の運動ではなく政治を正すための手段だ、と自分の立場を先に置きます。そのうえで、上に立つ者がなぜ早出遅退を続けるのかを問う。答えは「強ければ治まり、強くなければ乱れる」と信じているからだ、というものです。人が勤勉に働く理由を、道徳ではなく因果の信念に求めているところが墨子らしい。
この章句が説くこと
動機因果勤勉信念言論
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