朱子家訓 / 刻薄成家
刻薄成家,理無久享; 倫常乖舛,立見消亡。
書き下し
刻薄にして家を成せば、理として久しく享くること無し。 倫常乖舛すれば、立ちどころに消亡を見る。
現代語訳
人情に欠けた厳しさで財を築いた家は、道理として長くその恵みを受けることはありません。 人の守るべき道が乱れ背き合えば、たちまち家は滅び去ります。
解説
「刻薄」は、冷たくむごいこと、人への思いやりを欠く態度を指します。この条は、富を築く方法の正しさを問い、他人を犠牲にして得た繁栄は長続きしないと断じます。後半の「倫常」は、親子、夫婦、兄弟など人間関係の守るべき秩序のことで、これが崩れれば内側から家が崩れると説きます。外からの災いより、内の乱れを恐れる視点です。会社でいえば、従業員や取引先を使い捨てにして伸びた事業は信用を失い、社内の信頼が崩れた組織は、業績が良くても長くは続きにくいという警告になります。
この章句が説くこと
刻薄成家倫常乖舛消亡持続
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