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春秋左氏伝 / 哀公二十五年 食言して肥ゆ

六月。公至自越。季康子。孟武伯。逆於五梧。郭重僕。見二子曰。惡言多矣。君請盡之。公宴於五梧。武伯為祝。惡郭重曰。何肥也。季孫曰。請飲彘也。以魯國之密邇仇讎。臣是以不獲從君。克免於大行。又謂重也肥。公曰。是食言多矣。能無肥乎。飲酒不樂。公與大夫始有惡。

新字:六月。公至自越。季康子。孟武伯。逆於五梧。郭重僕。見二子曰。悪言多矣。君請尽之。公宴於五梧。武伯為祝。悪郭重曰。何肥也。季孫曰。請飲彘也。以魯国之密邇仇讎。臣是以不獲従君。克免於大行。又謂重也肥。公曰。是食言多矣。能無肥乎。飲酒不楽。公与大夫始有悪。

書き下し

六月、公、越より至る。季康子・孟武伯、五梧に逆ふ。郭重、僕たり。二子を見て曰く、「惡言多し。君請ふ之を盡せ」と。公、五梧に宴す。武伯、祝を為す。郭重を惡みて曰く、「何ぞ肥えたるや」と。季孫曰く、「請ふ、彘に飲ましめよ。魯國の仇讎に密邇するを以て、臣是を以て君に從ふことを獲ず、大行を免るることを克くす。又重を肥えたりと謂ふ」と。公曰く、「是れ言を食むこと多し。能く肥ゆること無からんや」と。酒を飲みて樂しまず。公と大夫と、始めて惡有り。

現代語訳

六月、哀公が越から帰国した。季康子と孟武伯が五梧まで出迎えた。郭重が公の御者を務めていた。郭重は二人を見て、公に言った。「あの二人は君の悪口をさんざん言っております。君はどうかそれを残らず問いただしてください」。公は五梧で宴を開いた。武伯が祝杯の音頭をとった。武伯は郭重を憎んでいたので、「なんと太ったことか」と言った。季孫(季康子)は言った。「彘(武伯の名)に罰杯を飲ませてください。魯の国は仇敵のすぐそばにあるので、われら臣下は君のお供ができず、遠い旅の苦労を免れました。旅の苦労をした郭重に向かって太ったなどと言うとは」。公は言った。「この男は言葉を食べることが多い(前言を翻してばかりいる)。太らずにいられようか」。酒を飲んでも楽しまなかった。公と大夫たちとの間に、このときから不和が生じた。

解説

「食言」という言葉の出典として知られる場面である。越から帰国した哀公を、三桓の季康子と孟武伯が迎える。宴席で孟武伯が公の御者郭重に「何ぞ肥えたるや」とからかい、季康子がたしなめる形で場を取り繕おうとしたが、哀公は「是れ言を食むこと多し。能く肥ゆること無からんや」と返した。表向きは郭重をかばう冗談だが、言ったことを平気で翻す二人は、言葉を食べて太っているのだろう、という痛烈な当てこすりである。約束を破ることを「食言」と言うのはここから来ている。左伝は「公と大夫と、始めて惡有り」と結ぶ。この宴を境に、君主と三桓の対立は冗談では済まない段階に入り、やがて哀公の出奔に至る。宴席の軽口に、日頃の不信がそのまま出てしまうことがある。関係の悪化は、しばしばこうした一言で表に現れる。

この章句が説くこと

食言信用不和言葉組織

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