家道訓 / 巻之六・用財下
一ことばの情のみにて物を與へざれば、婦人の仁とて、實事なければ人まことをつくさず、功をなしがたし。軍をするにも、言の情ばかりにて祿を與へざれば、士卒の戰功なし。然れども、財祿を與ふるにも法あり。みだりに功なきに與ふれば、千金を與へても人よろこばず、又一言の情も千金にまさることあり。
新字:一ことばの情のみにて物を与へざれば、婦人の仁とて、実事なければ人まことをつくさず、功をなしがたし。軍をするにも、言の情ばかりにて禄を与へざれば、士卒の戦功なし。然れども、財禄を与ふるにも法あり。みだりに功なきに与ふれば、千金を与へても人よろこばず、又一言の情も千金にまさることあり。
書き下し
一ことばの情のみにて物を与へざれば、婦人の仁とて、実事なければ人まことをつくさず、功をなしがたし。軍をするにも、言の情ばかりにて禄を与へざれば、士卒の戦功なし。然れども、財禄を与ふるにも法あり。みだりに功なきに与ふれば、千金を与へても人よろこばず、又一言の情も千金にまさることあり。
現代語訳
言葉の情けだけで物を与えなければ、「婦人の仁」といって、実のあることがないので人は誠を尽くさず、功を成しがたいのです。戦をするにも、言葉の情けばかりで禄を与えなければ、兵士の戦功はありません。けれども、財や禄を与えるにも法があります。むやみに功のない者に与えれば、千金を与えても人は喜びません。また一言の情けが千金にまさることもあります。
解説
「婦人の仁」は、『史記』淮陰侯列伝で韓信が項羽を評した言葉として知られ、情け深く見えても実際の恩賞を惜しむ小さな仁を指します。益軒は前条を受け、言葉だけの情けでは人は動かないと説きつつ、功のない者にむやみに与えても喜ばれない、逆に一言の情けが千金にまさることもあると、与え方の「法」を強調します。報酬と言葉のどちらか一方ではなく、功に応じた報いと心のこもった言葉の両方が要るという教えは、今のリーダーにもそのまま当てはまります。
この章句が説くこと
恩賞仁言葉組織韓信
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