春秋左氏伝 / 哀公九年 趙鞅の卜と陽虎の筮
秋。吳城邗。溝通江淮。晉趙鞅卜救鄭。遇水適火。占諸史趙。史墨。史龜。史龜曰。是謂沈陽。可以興兵。利以伐姜。不利子商。伐齊則可。敵宋不吉。史墨曰。盈。水名也。子。水位也。名位敵。不可干也。炎帝為火師。姜姓其後也。水勝火。伐姜則可。史趙曰。是謂如川之滿。不可游也。鄭方有罪。不可救也。救鄭則不吉。不知其他。陽虎以周易筮之。遇泰之需曰。宋方吉不可與也。微子啟。帝乙之元子也。宋。鄭。甥舅也。祉。祿也。若帝乙之元子。歸妹而有吉祿。我安得吉焉。乃止。冬。吳子使。來儆師伐齊。
新字:秋。呉城邗。溝通江淮。晋趙鞅卜救鄭。遇水適火。占諸史趙。史墨。史亀。史亀曰。是謂沈陽。可以興兵。利以伐姜。不利子商。伐斉則可。敵宋不吉。史墨曰。盈。水名也。子。水位也。名位敵。不可干也。炎帝為火師。姜姓其後也。水勝火。伐姜則可。史趙曰。是謂如川之満。不可游也。鄭方有罪。不可救也。救鄭則不吉。不知其他。陽虎以周易筮之。遇泰之需曰。宋方吉不可与也。微子啓。帝乙之元子也。宋。鄭。甥舅也。祉。禄也。若帝乙之元子。帰妹而有吉禄。我安得吉焉。乃止。冬。呉子使。来儆師伐斉。
書き下し
秋、吳邗に城き、溝して江淮を通ず。晉の趙鞅鄭を救はんことを卜し、水の火に適くに遇ふ。諸を史趙・史墨・史龜に占はしむ。史龜曰く、「是を沈陽と謂ふ。以て兵を興す可し。以て姜を伐つに利あり、子商に利あらず。齊を伐つは則ち可なり。宋に敵するは吉ならず」と。史墨曰く、「盈は水の名なり。子は水の位なり。名位敵す、干す可からざるなり。炎帝火師為り、姜姓は其の後なり。水は火に勝つ。姜を伐つは則ち可なり」と。史趙曰く、「是を川の滿つるが如しと謂ふ。游ぐ可からざるなり。鄭方に罪有り、救ふ可からざるなり。鄭を救ふは則ち吉ならず。其の他を知らず」と。陽虎周易を以て之を筮し、泰の需に之くに遇ひて曰く、「宋方に吉なり、與(くみ)す可からざるなり。微子啟は帝乙の元子なり。宋と鄭とは甥舅なり。祉は祿なり。若し帝乙の元子、妹を歸がせて吉祿有らば、我安んぞ吉を得んや」と。乃ち止む。冬、吳子使ひして來り、師を儆めて齊を伐たしむ。
現代語訳
秋、呉は邗に城を築き、運河を掘って長江と淮水を結んだ。晋の趙鞅(趙簡子)は、鄭を救援すべきかどうかを亀卜で占い、「水が火に向かう」という兆しを得た。これを史趙・史墨・史亀の三人の史官に判断させた。史亀は言った。「これは沈陽(陽気が沈む)というものです。兵を起こしてよろしい。姜姓の国を伐つには利があり、子姓の商の後裔(宋)には不利です。斉を伐つのはよいが、宋と敵対するのは不吉です」。史墨は言った。「盈(趙氏の姓である嬴)は水の名です。子(宋の姓)は水の方位(北)に当たります。名と方位が釣り合っており、侵してはなりません。炎帝は火をつかさどる官であり、姜姓はその子孫です。水は火に勝ちますから、姜姓の斉を伐つのはよろしい」。史趙は言った。「これは川が満ちているようなもので、泳いで渡ることはできないというものです。鄭は今、罪を負っており、救うべきではありません。鄭を救うのは不吉です。その他のことはわかりません」。陽虎は『周易』で筮を立て、泰の卦が需の卦に変わる兆しを得て言った。「宋は今まさに吉であり、敵対してはなりません。(泰の六五の爻辞に『帝乙妹を帰がしむ、以て祉あり、元吉』とあります。)微子啓は帝乙の長子であり、宋はその子孫です。宋と鄭は甥と舅の姻戚関係にあります。祉とは禄のことです。帝乙の長子の家が妹を嫁がせて吉と禄を得るというのであれば、(それと争う)我々にどうして吉が得られましょう」。そこで救援をとりやめた。冬、呉子(夫差)が魯に使者をよこし、軍を整えて斉を伐つよう戒告した。
解説
この章句が説くこと
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