導師導古典を学びたいすべての人に

春秋左氏伝 / 哀公七年 曹の亡国の夢

冬。鄭師救曹。侵宋。初。曹人或夢眾君子立于社宮。而謀亡曹。曹叔振鐸請待公孫彊。許之。旦而求之曹。無之。戒其子曰。我死。爾聞公孫彊為政。必去之。及曹伯陽即位。好田弋。曹鄙人公孫彊好弋。獲白鴈。獻之。且言田弋之說。說之。因訪政事。大說之。有寵使為司城以聽政。夢者之子乃行。彊言霸說於曹伯。曹伯從之。乃背晉而奸宋。宋人伐之。晉人不救。築五邑於其郊。曰。黍丘。揖丘。大城。鍾。邘。

新字:冬。鄭師救曹。侵宋。初。曹人或夢衆君子立于社宮。而謀亡曹。曹叔振鐸請待公孫彊。許之。旦而求之曹。無之。戒其子曰。我死。爾聞公孫彊為政。必去之。及曹伯陽即位。好田弋。曹鄙人公孫彊好弋。獲白鴈。献之。且言田弋之説。説之。因訪政事。大説之。有寵使為司城以聴政。夢者之子乃行。彊言覇説於曹伯。曹伯従之。乃背晋而奸宋。宋人伐之。晋人不救。築五邑於其郊。曰。黍丘。揖丘。大城。鍾。邘。

書き下し

冬、鄭の師曹を救ひ、宋を侵す。初め、曹人或ひと夢みらく、眾君子社宮に立ちて、曹を亡ぼさんことを謀る。曹叔振鐸、公孫彊を待たんことを請ひ、之を許す、と。旦にして之を曹に求むるに、之無し。其の子を戒めて曰く、「我死して、爾公孫彊の政を為すを聞かば、必ず之を去れ」と。曹伯陽位に即くに及び、田弋を好む。曹の鄙人公孫彊、弋を好み、白鴈を獲て、之を獻じ、且つ田弋の說を言ふ。之を說ぶ。因りて政事を訪ひ、大いに之を說ぶ。寵有り、司城と為して以て政を聽かしむ。夢みし者の子乃ち行る。彊、霸の說を曹伯に言ふ。曹伯之に從ひ、乃ち晉に背きて宋を奸(をか)す。宋人之を伐つ。晉人救はず。五邑を其の郊に築く。曰く、黍丘・揖丘・大城・鍾・邘。

現代語訳

冬、鄭の軍は曹を救い、宋に侵攻した。これより前、曹のある人が夢を見た。大勢の君子(曹の先祖の霊)が社の宮に立ち、曹を滅ぼす相談をしていた。曹の始祖である曹叔振鐸(そうしゅくしんたく)が、公孫彊(こうそんきょう)という者が現れるまで待ってほしいと願い、君子たちはそれを許した、という夢である。朝になって曹の国中でその名の人物を探したが、いなかった。夢を見た人は息子に戒めて言った。「私が死んだ後、公孫彊という者が政治を執ると聞いたら、必ずこの国を去れ」。曹伯陽が即位すると、狩りやいぐるみ(糸をつけた矢で鳥を射る猟)を好んだ。曹の田舎の人で公孫彊という者もいぐるみが好きで、白い雁を捕らえて献上し、さらに狩りやいぐるみの話をした。曹伯はそれを喜んだ。そのついでに政治について尋ねると、大いに気に入った。公孫彊は寵愛を受け、司城(しじょう、土木をつかさどる卿)に任じられて政治を執ることになった。夢を見た人の息子はそこで国を去った。公孫彊は覇者となる策を曹伯に説いた。曹伯はそれに従い、晋に背いて宋を侵した。宋が曹を攻めたが、晋は救わなかった。曹は国都の郊外に五つの城邑を築いた。黍丘・揖丘・大城・鍾・邘である。

解説

曹が滅びる前年の記事で、予言の夢が物語の枠になっている。曹の人が見た夢では、祖先の霊たちが曹を滅ぼす相談をし、始祖の振鐸が公孫彊という者が現れるまで待ってくれと願った。夢を見た人は息子に、その名の者が政治を執ったら国を去れと言い残す。やがて狩猟好きの曹伯陽のもとに、同じく狩猟好きの田舎人公孫彊が白い雁を献じて近づき、趣味の話から政治の話へと進んで寵愛を得た。彼が説いたのは、小国の曹が覇者を目指すという身の丈に合わない策だった。曹は後ろ盾の晋に背いて宋を侵し、翌年宋に滅ぼされる。夢の予言は後から整えられた話かもしれないが、構造は現実的である。趣味が合うことから始まった信頼が、そのまま人事と戦略の判断にまで及んだ。上に立つ者が、好みの近さを能力と取り違えるとどうなるかを示す話として読める。

この章句が説くこと

人材登用寵愛予言戦略身の丈

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る