史記 / 孫子呉起列伝
吳起於是聞魏文侯賢、欲事之。文侯問李克曰、吳起何如人哉。李克曰、起貪而好色、然用兵司馬穰苴不能過也。於是魏文侯以為將、擊秦、拔五城。
新字:吳起於是聞魏文侯賢、欲事之。文侯問李克曰、吳起何如人哉。李克曰、起貪而好色、然用兵司馬穰苴不能過也。於是魏文侯以為将、擊秦、抜五城。
書き下し
呉起是に於いて魏の文侯の賢なるを聞き、之に事へんと欲す。文侯、李克に問ひて曰く、「呉起は何如なる人ぞ」と。李克曰く、「起は貪にして色を好む。然れども兵を用ゐるは、司馬穰苴も過ぐる能はざるなり」と。是に於いて魏の文侯以て将と為し、秦を撃ち、五城を抜く。
現代語訳
呉起は魏の文侯が賢明だと聞き、仕えたいと思った。文侯が李克に「呉起はどんな人物か」と問うと、李克は答えた。「呉起は欲深く女好きです。しかし用兵にかけては、あの司馬穰苴も及ばないほどです」。そこで魏の文侯は呉起を将軍に任じた。呉起は秦を攻め、五つの城を攻め落とした。
解説
人材登用における「欠点と強みの冷静な評価」を示す、短いが示唆に富む一段です。李克は呉起について、欠点(欲深く女好き)を隠さず率直に伝えながら、同時に「用兵では司馬穰苴すら及ばない」と傑出した強みを明言します。そして文侯は、欠点を承知のうえで、その最大の強みが自国の必要(軍事)に合致すると判断し、登用しました。ここに人材活用の要諦があります。完璧な人間はいません。欠点を理由に有能な人材を退けるのでも、逆に欠点に目をつぶるのでもなく、強みと弱みを正確に把握したうえで、「今、組織が必要とする能力」と照らして起用を決める。適材適所とは、欠点のない人を探すことではなく、必要な強みを持つ人を、欠点を管理しながら活かすことです。評価する李克の率直さ、判断する文侯の割り切り――どちらも人を用いる者に求められる姿勢を示しています。
この章句が説くこと
人材登用強みと弱み適材適所率直な人物評欠点の管理李克
関連する章句
-
史記 管晏列伝管仲夷吾は、潁上の人なり。少き時常に鮑叔牙と游び、鮑叔、其の賢なるを知れり。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺くも、鮑叔、終に善く之を遇し、以て言を為さず。已にして鮑叔、斉の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立ちて桓公と為り、公子糾死するに及び、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を進む。管仲既に用ひられ、政に斉に任ず。斉の桓公以て覇たり、諸侯を九合し、天下を一匡したるは、管仲の謀なり。
-
史記 仲尼弟子列伝孔子曰く、「業を受け身に通ずる者七十有七人」、皆異能の士なり。徳行には、顔淵・閔子騫・冉伯牛・仲弓、政事には、冉有・季路、言語には、宰我・子貢、文学には、子游・子夏あり。師や辟、参や魯、柴や愚、由や喭、回や屢々空し、賜は命を受けずして貨殖し、億すれば則ち屢々中る。孔子の厳事する所は、周に於いては老子、衛に於いては蘧伯玉、斉に於いては晏平仲、楚に於いては老萊子、鄭に於いては子産、魯に於いては孟公綽なり。
-
史記 穰侯列伝魏冉、白起を挙げ、向壽に代へて将として韓・魏を攻めしめ、之を伊闕に敗り、斬首二十四万、魏の将公孫喜を虜にす。明年、又楚の宛・葉を取る。魏冉、病と謝して相を免ぜられ、客卿壽燭を以て相と為す。其の明年、燭免ぜられ、復た冉を相とし、乃ち魏冉を穰に封じ、復た益々陶に封じ、号して穰侯と曰ふ。
-
戦国策・魯仲連謂孟嘗魯仲連孟嘗に謂ふ、「君士を好むなり。雍門椒亦を養ひ、陽得子を養ひ、飲食・衣裘之と之を同じくし、皆其の死を得たり。今君の家二公より富めるも、士未だ君の爲に盡く游ぶ者有らざるなり。」君曰く、「文是の二人を得ざるが故なり。文をして二人を得しめば、豈に獨り盡くさざらんや。」對へて曰く、「君の廄馬百乘、繡衣を被りて菽粟を食らはざる無し、豈に騏麟騄耳有らんや。後宮十妃、皆縞紵を衣、梁肉を食らふ、豈に毛廧・西施有らんや。色と馬とは今の世に取り、士何ぞ必ずしも古を待たんや。故に君の士を好むこと未だしと曰ふなり。」
-
『韓非子』亡徵第十五境内の傑、事とされずして、封外の士を求め、功伐を以て課試せずして、好んで名問を以て舉錯し、羈旅起り貴くして以て故常を陵ぐ者は、亡ぶ可きなり。
-
孟子・梁惠王章句下孟子、齊の宣王に見えて曰く、「所謂故國とは、喬木有るの謂を謂うに非ざるなり。世臣有るの謂なり。王には親臣無し。昔者(セキ・ジャ)進むる所、今日其の亡を知らざるなり。」王曰く、「吾、何を以て其の不才を識りて之を舍てん。」曰く、「國君、賢を進むること已むを得ざるが如くす。將に卑をして尊を踰え、疏をして戚を踰えしめんとす。慎まざる可けんや。左右皆賢なりと曰うも、未だ可ならざるなり。諸大夫皆賢と曰うも、未だ可ならざるなり。國人皆賢と曰う、然る後に之を察し、賢なるを見て、然る後に之を用いよ。左右皆不可と曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆不可と曰うも、聽く勿れ。國人皆不可と曰う、然る後に之を察し、不可なるを見て、然る後に之を去れ。左右皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。國人皆殺す可しと曰う、然る後に之を察し、殺す可きを見て、然る後に之を殺せ。故に曰く、國人之を殺すなり、と。此の如くにして、然る後以て民の父母為る可し。」