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春秋左氏伝 / 哀公四年 晋、蛮子を楚に畀ふ

四年春。蔡昭侯將如吳。諸大夫恐其又遷也。承。公孫翩逐而射之。入於家人而卒。以兩矢門之。眾莫敢進。文之鍇後至。曰。如牆而進。多而殺二人。鍇執弓而先。翩射之。中肘。鍇遂殺之。故逐公孫辰。而殺公孫姓。公孫盱。夏。楚人既克夷虎。乃謀北方。左司馬販。申公壽餘。葉公諸梁。致蔡於負函。致方城之外於繒關。曰。吳將泝江入郢。將奔命焉。為一昔之期。襲梁及霍。單浮餘圍蠻氏。蠻氏潰。蠻子赤奔晉陰地。司馬起豐析與狄戎。以臨上雒。左師軍于菟和。右師軍于倉野。使謂陰地之命大夫士蔑曰。晉楚有盟。好惡同之。若將不廢。寡君之願也。不然。將通於少習以聽命。士蔑請諸趙孟。趙孟曰。晉國未寧。安能惡於楚。必速與之。士蔑乃致九州之戎。將裂田以與蠻子而城之。且將為之卜。蠻子聽卜。遂執之。與其五大夫。以畀楚師于三戶。司馬致邑立宗焉。以誘其遺民。而盡俘以歸。

新字:四年春。蔡昭侯将如呉。諸大夫恐其又遷也。承。公孫翩逐而射之。入於家人而卒。以両矢門之。衆莫敢進。文之鍇後至。曰。如牆而進。多而殺二人。鍇執弓而先。翩射之。中肘。鍇遂殺之。故逐公孫辰。而殺公孫姓。公孫盱。夏。楚人既克夷虎。乃謀北方。左司馬販。申公寿余。葉公諸梁。致蔡於負函。致方城之外於繒関。曰。呉将泝江入郢。将奔命焉。為一昔之期。襲梁及霍。単浮余囲蠻氏。蠻氏潰。蠻子赤奔晋陰地。司馬起豊析与狄戎。以臨上雒。左師軍于菟和。右師軍于倉野。使謂陰地之命大夫士蔑曰。晋楚有盟。好悪同之。若将不廃。寡君之願也。不然。将通於少習以聴命。士蔑請諸趙孟。趙孟曰。晋国未寧。安能悪於楚。必速与之。士蔑乃致九州之戎。将裂田以与蠻子而城之。且将為之卜。蠻子聴卜。遂執之。与其五大夫。以畀楚師于三戸。司馬致邑立宗焉。以誘其遺民。而尽俘以帰。

書き下し

四年春、蔡の昭侯將に吳に如かんとす。諸大夫其の又遷らんことを恐る。承(つ)いで、公孫翩逐ひて之を射る。家人に入りて卒す。兩矢を以て之に門す。眾敢へて進むもの莫し。文之鍇後れて至りて曰く、「牆の如くして進まば、多くとも二人を殺さんのみ」と。鍇弓を執りて先んず。翩之を射て、肘に中つ。鍇遂に之を殺す。故に公孫辰を逐ひて、公孫姓・公孫盱を殺す。夏、楚人既に夷虎に克ち、乃ち北方を謀る。左司馬販・申公壽餘・葉公諸梁、蔡を負函に致し、方城の外を繒關に致して曰く、「吳將に江を泝りて郢に入らんとす。將に命に奔らんとす」と。一昔の期を為し、梁及び霍を襲ふ。單浮餘、蠻氏を圍む。蠻氏潰ゆ。蠻子赤、晉の陰地に奔る。司馬、豐・析と狄戎とを起こし、以て上雒に臨む。左師は菟和に軍し、右師は倉野に軍す。陰地の命大夫士蔑に謂はしめて曰く、「晉・楚盟有り、好惡之を同じくす。若し將に廢せざらんとせば、寡君の願ひなり。然らずんば、將に少習に通じて以て命を聽かんとす」と。士蔑、諸を趙孟に請ふ。趙孟曰く、「晉國未だ寧からず。安んぞ能く楚に惡まれん。必ず速やかに之に與へよ」と。士蔑乃ち九州の戎を致し、將に田を裂きて以て蠻子に與へて之に城かんとし、且つ將に之が為に卜せんとす。蠻子卜を聽く。遂に之を執へ、其の五大夫と與に、以て楚の師に三戶に畀ふ。司馬、邑を致して宗を立て、以て其の遺民を誘ひて、盡く俘にして以て歸る。

現代語訳

四年の春、蔡の昭侯は呉へ行こうとした。大夫たちは、また都を移されることになるのではないかと恐れた。そこで公孫翩(こうそんへん)が昭侯を追いかけて矢を射た。昭侯は民家に逃げ込んで亡くなった。公孫翩は二本の矢をつがえてその家の門を守り、誰も進み出ようとしなかった。文之鍇(ぶんしかい)が遅れて到着して言った。「壁のように並んで進めば、多くてもせいぜい二人を殺すだけだ」。鍇は弓を執って先頭に立った。翩は鍇を射て肘に当てたが、鍇はついに翩を殺した。そこで(事件に関わったとして)公孫辰を追放し、公孫姓と公孫盱を殺した。夏、楚は夷虎を平定すると、北方に手を伸ばそうと謀った。左司馬の販(はん)、申公の寿余、葉公の諸梁(しょりょう、沈諸梁)は、蔡の旧地の民を負函に集め、方城山の外の民を繒関に集めて言った。「呉が長江をさかのぼって郢に攻め入ろうとしている。命令あり次第、駆けつけよ」。そして一晩で集結する約束をして、梁と霍を急襲した。単浮余(ぜんふよ)が蛮氏を包囲すると、蛮氏は潰走した。蛮子赤は晋の陰地へ逃げ込んだ。楚の司馬(販)は豊・析の兵と狄戎を動員して上雒に迫り、左軍は菟和に、右軍は倉野に陣を布いた。そして陰地を治める晋の命大夫士蔑(しべつ)に使者をやって言わせた。「晋と楚には盟約があり、好むものも憎むものも共にすると誓っている。もしこの盟約を捨てないというのなら、それがわが君の願いである。そうでなければ、少習(しょうしゅう)の関を抜けて(晋に攻め入り)、ご命令をうかがうことになろう」。士蔑はこれを趙孟(趙鞅)に伺った。趙孟は言った。「晋国はまだ安定していない。どうして楚に憎まれるようなことができようか。すぐに蛮子を引き渡せ」。士蔑はそこで九州の戎を集め、土地を割いて蛮子に与え、そこに城を築いてやろうと見せかけ、さらにそのための占いをすると言った。蛮子が占いの場に来ると、そのまま捕らえ、その五人の大夫とともに、三戸で楚の軍に引き渡した。楚の司馬は邑を与えて蛮氏の宗廟を立てると見せかけ、その遺民を誘い出して、すべて捕虜にして帰った。

解説

二つの話が収められている。前半は蔡の昭侯の暗殺である。前年に呉の圧力で州来へ遷った蔡では、君がまた呉へ行けばさらに都を移されると恐れた大夫が君を射殺した。文之鍇の「牆の如くして進まば、多くとも二人を殺さんのみ」は、二本の矢の恐怖に足がすくむ群衆を動かした、冷静な計算の言葉である。後半は楚の北進で、呉の来襲を口実に兵を集め、一夜で蛮氏を攻め落とした。逃げ込んだ蛮子赤を楚が晋に要求すると、趙鞅は「晋国未だ寧からず」として引き渡しを命じる。晋の士蔑は土地を与える占いと偽って蛮子を捕らえ、楚は宗廟を立てると偽って遺民を集め、すべて捕虜にした。二度の欺きが重なる。内乱を抱えて弱った盟主は、頼ってきた者さえ守れない。組織の内部の安定が外への信用を左右するという構造がよく見える。

この章句が説くこと

信義保護欺瞞国力決断

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