春秋左氏伝 / 定公十三年 禍を始むる者は死す
夏。六月。上軍司馬籍秦圍邯鄲。邯鄲午荀寅之甥也。荀寅范吉射之姻也。而相與睦。故不與圍。邯鄲將作亂。董安于聞之。告趙孟曰。先備諸。趙孟曰。晉國有命。始禍者死。為後可也。安于曰。與其害於民。寧我獨死。請以我說。趙孟不可。秋。七月。范氏中行氏伐趙氏之宮。趙鞅奔晉陽。晉人圍之。范皋夷無寵於范吉射。而欲為亂於范氏。梁嬰父嬖於知文子。文子欲以為卿。韓簡子與中行文子相惡。魏襄子亦與范昭子相惡。故五子謀將逐荀寅。而以梁嬰父代之。逐范吉射而以范皋夷代之。荀躒言於晉侯曰。君命大臣。始禍者死。載書在河。今三臣始禍。而獨逐鞅。刑已不鈞矣。請皆逐之。
新字:夏。六月。上軍司馬籍秦囲邯鄲。邯鄲午荀寅之甥也。荀寅范吉射之姻也。而相与睦。故不与囲。邯鄲将作乱。董安于聞之。告趙孟曰。先備諸。趙孟曰。晋国有命。始禍者死。為後可也。安于曰。与其害於民。寧我独死。請以我説。趙孟不可。秋。七月。范氏中行氏伐趙氏之宮。趙鞅奔晋陽。晋人囲之。范皋夷無寵於范吉射。而欲為乱於范氏。梁嬰父嬖於知文子。文子欲以為卿。韓簡子与中行文子相悪。魏襄子亦与范昭子相悪。故五子謀将逐荀寅。而以梁嬰父代之。逐范吉射而以范皋夷代之。荀躒言於晋侯曰。君命大臣。始禍者死。載書在河。今三臣始禍。而独逐鞅。刑已不鈞矣。請皆逐之。
書き下し
夏六月、上軍の司馬籍秦、邯鄲を圍む。邯鄲午は荀寅の甥なり。荀寅は范吉射の姻なり。而して相與に睦まじ。故に圍むに與らず。邯鄲と將に亂を作さんとす。董安于、之を聞き、趙孟に告げて曰く、「先づ諸に備へん」と。趙孟曰く、「晉國に命有り、禍を始むる者は死す、と。後るるを為して可なり」と。安于曰く、「其の民を害せんよりは、寧ろ我獨り死せん。請ふ我を以て說かん」と。趙孟、可かず。秋七月、范氏・中行氏、趙氏の宮を伐つ。趙鞅、晉陽に奔る。晉人、之を圍む。范皋夷、范吉射に寵無くして、亂を范氏に為さんと欲す。梁嬰父、知文子に嬖せらる。文子、以て卿と為さんと欲す。韓簡子、中行文子と相惡む。魏襄子も亦た范昭子と相惡む。故に五子謀りて、將に荀寅を逐ひて梁嬰父を以て之に代へ、范吉射を逐ひて范皋夷を以て之に代へんとす。荀躒、晉侯に言ひて曰く、「君、大臣に命ず、禍を始むる者は死す、と。載書は河に在り。今三臣禍を始めて、獨り鞅を逐ふは、刑已に鈞しからず。請ふ皆之を逐はん」と。
現代語訳
夏六月、上軍の司馬の籍秦が邯鄲を包囲した。邯鄲午は荀寅(中行文子)の甥であり、荀寅は范吉射(范昭子)と姻戚で、互いに親しかった。それで二人は包囲に加わらず、邯鄲と組んで乱を起こそうとした。董安于(趙鞅の家臣)はそれを聞いて、趙孟(趙鞅)に告げた。「先に備えておきましょう」。趙孟は言った。「晋国には『禍を始めた者は死罪』という命令がある。後から応じる側に回ればよい」。安于は言った。「民を傷つけることになるくらいなら、私一人が死ぬほうがましです。先に備えたことを咎められたら、私を差し出して申し開きをしてください」。趙孟は承知しなかった。秋七月、范氏と中行氏が趙氏の邸を攻めた。趙鞅は晋陽に逃れた。晋の人々(范氏・中行氏の側)は晋陽を包囲した。范皋夷は范吉射に重んじられておらず、范氏の中で乱を起こそうとしていた。梁嬰父は知文子(荀躒)に寵愛されており、文子は彼を卿にしたいと思っていた。韓簡子(韓不信)は中行文子と仲が悪く、魏襄子(魏曼多)もまた范昭子と仲が悪かった。そこでこの五人は謀り、荀寅を追放して梁嬰父を代わりに据え、范吉射を追放して范皋夷を代わりに据えようとした。荀躒は晋侯(定公)に言った。「君は大臣たちに『禍を始めた者は死罪』と命じられ、その盟書は黄河に沈めてあります。いま三人の臣(趙鞅・荀寅・范吉射)が禍を始めたのに、鞅だけを追放するのでは、刑罰がもう公平ではありません。どうか皆を追放してください」。
解説
この章句が説くこと
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