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春秋左氏伝 / 昭公三十一年 微にして顕、婉にして辨

冬。邾黑肱以濫來奔。賤而書名。重地故也。君子曰。名之不可不慎也如是夫。有所有名。而不如其已。以地叛。雖賤必書。地以名其人。終為不義。弗可滅已。是故君子動則思禮。行則思義。不為利回。不為義疚。或求名而不得。或欲蓋而名章。懲不義也。齊豹為衛司寇。守嗣大夫。作而不義。其書為盜。邾庶其。莒牟夷。邾黑肱。以土地出。求食而已。不求其名。賤而必書。此二物者。所以懲肆而去貪也。若艱難其身。以險危大人。而有名章徹。攻難之士。將奔走之。若竊邑叛君。以徼大利。而無名。貪冒之民。將寘力焉。是以春秋書齊豹曰。盜。三叛人名。以懲不義。數惡無禮。其善志也。故曰。春秋之稱。微而顯。婉而辨。上之人能使昭明。善人勸焉。淫人懼焉。是以君子貴之。

新字:冬。邾黒肱以濫来奔。賤而書名。重地故也。君子曰。名之不可不慎也如是夫。有所有名。而不如其已。以地叛。雖賤必書。地以名其人。終為不義。弗可滅已。是故君子動則思礼。行則思義。不為利回。不為義疚。或求名而不得。或欲蓋而名章。懲不義也。斉豹為衛司寇。守嗣大夫。作而不義。其書為盗。邾庶其。莒牟夷。邾黒肱。以土地出。求食而已。不求其名。賤而必書。此二物者。所以懲肆而去貪也。若艱難其身。以険危大人。而有名章徹。攻難之士。将奔走之。若窃邑叛君。以徼大利。而無名。貪冒之民。将寘力焉。是以春秋書斉豹曰。盗。三叛人名。以懲不義。数悪無礼。其善志也。故曰。春秋之称。微而顕。婉而弁。上之人能使昭明。善人勧焉。淫人懼焉。是以君子貴之。

書き下し

冬、邾の黑肱、濫を以って來奔す。賤しくして名を書するは、地を重んずるが故なり。君子曰く、「名の慎まざる可からざるや是くの如きかな。名有るも、其の已むに如かざる所有り。地を以って叛けば、賤しと雖も必ず書す。地以って其の人を名し、終に不義と為して、滅す可からざるのみ。是の故に君子は動けば則ち禮を思ひ、行へば則ち義を思ふ。利の為に回らず、義の為に疚(やま)しからず。或いは名を求めて得ず、或いは蓋はんと欲して名章(あらは)る。不義を懲らすなり。齊豹、衛の司寇と為り、守嗣の大夫なり。作して不義なれば、其の書して盜と為す。邾の庶其、莒の牟夷、邾の黑肱、土地を以って出づ、食を求むるのみにして、其の名を求めず。賤しけれども必ず書す。此の二物は、肆を懲らして貪を去る所以なり。若し其の身を艱難にし、以って大人を險危にして、名の章徹する有らば、攻難の士、將に之に奔走せんとす。若し邑を竊みて君に叛き、以って大利を徼(もと)めて、名無くんば、貪冒の民、將に力を寘かんとす。是を以って春秋、齊豹を書して盜と曰ひ、三叛人は名いふ。以って不義を懲らし、無禮を數め惡む。其れ善く志すなり。故に曰く、春秋の稱は、微にして顯、婉にして辨。上の人能く昭明ならしむれば、善人勸み、淫人懼る。是を以って君子之を貴ぶ」と。

現代語訳

冬、邾の黒肱が濫の地を手土産に(魯に)亡命してきた。身分の低い者なのに『春秋』がその名を記したのは、土地を重んじたからである。君子は言った。「名というものを慎まねばならないのは、このようなものである。名が残っても、残らないほうがましな場合がある。土地を持って背けば、身分が低くても必ず記される。その土地によってその人の名が記され、ついに不義の者とされて、消すことができなくなるのだ。だから君子は、動くときには礼を思い、行うときには義を思う。利のために道を曲げず、義にもとることで心にやましさを抱かない。名を求めても得られない者もいれば、覆い隠そうとしてかえって名があらわれる者もいる。これは不義を懲らしめるためである。斉豹は衛の司寇となり、代々家を継ぐ大夫であった。ところが事を起こして不義であったので、『春秋』は彼を『盗』と書いた(名を記さなかった)。邾の庶其、莒の牟夷、邾の黒肱は、土地を持って国を出たが、食い扶持を求めただけで、名を求めたのではない。それでも身分が低いのに必ず名を記した。この二つの書き方は、放縦を懲らし、貪欲を取り除くためのものである。もし身を苦難にさらして高位の人を危険に陥れ、それで名が広くあらわれるなら、難事を好んで攻める者たちがそれを目指して奔走するだろう。もし邑を盗んで君に背き、大きな利を求めても名が残らないなら、貪欲な者たちがそれに力を注ぐだろう。だから『春秋』は斉豹を『盗』と書き、三人の叛臣は名を記したのである。これによって不義を懲らし、無礼を責めて憎む。まことに巧みな記し方である。それゆえに言う。『春秋』の言葉遣いは、かすかでありながら明らかで、婉曲でありながらはっきりと区別する。上に立つ人がこれを明らかにすれば、善人は励み、邪な人は恐れる。だから君子はこれを貴ぶのである」。

解説

邾の小身の家臣黒肱が、領地の濫を持って魯に亡命した。本来なら名を記す身分ではないが、『春秋』は「邾黒肱以濫来奔」と名を書いた。これをきっかけに、君子が『春秋』の書法、つまり名の書き方で善悪を示す仕組みを説く。衛の斉豹は高位の大夫だったが、君主の兄を殺した不義により名を消されて「盗」と記された。逆に土地を持って逃げた小者は名を残された。名を求めて乱を起こす者には名を与えず、利を求めて土地を盗む者には汚名を残す。どちらも動機の裏をかく記し方である。「或いは名を求めて得ず、或いは蓋はんと欲して名章る」、そして「春秋の稱は、微にして顯、婉にして辨」という評は、後世の『春秋』学の基本となった。記録は事実を残すだけでなく、何を記し何を記さないかによって人の行動を方向づける。評価の仕組みが名誉欲と利益欲の双方にどう働くかを、制度の設計として考えていたことになる。

この章句が説くこと

名評価記録春秋の書法懲悪

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