論語 / 憲問篇
子曰:「不患人之不己知,患其不能也。」
書き下し
子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
現代語訳
先生がおっしゃった。「人が自分を知ってくれないことを気にかけず、自分に能力がないことを気にかけよ。」
解説
学而篇の同趣旨の言葉より、こちらのほうが直接的である。認められないことを嘆く代わりに、自分の実力不足を嘆け、と。関心の向け先を、外から内へ切り替える指示になっている。この切り替えには実利がある。他人の評価は自分では動かせないが、自分の能力は動かせる。動かせないものを気に病む時間は、そのまま損失になる。ただし、この教えを表面的に受け取ると、単なる精神論になる。要点は、評価されない理由を実力に求めることで、行動が具体的になる点にある。認められないと嘆いている限り、次の一手は出てこない。何ができていないのかを特定すれば、明日やることが決まる。孔子が繰り返しこの主題に触れたのは、弟子たちが繰り返し不遇を嘆いたからでもあるだろう。
この章句が説くこと
評価実力内省不遇行動
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『留魂録』第三条聞く、薩の日下部以三次は対吏の日、当今政治の欠失を歴詆して、「是くの如くにては往先三五年の無事も保ち難し」と云ひて、鞠吏を激怒せしめ、乃ち曰く、「是れを以て死罪を得ると雖も悔いざるなり」と。是れ吾の及ばざる所なり。子遠の死を以て吾に責むるも、亦此の意なるべし。唐の段秀実、郭晞に於ては彼が如くの誠悃、朱泚に於ては彼が如くの激烈、然らば則ち英雄自ら時措の宜しきあり。要は内に省みて疚しからざるにあり。抑々亦人を知り幾を見ることを尊ぶ。吾の得失、当に蓋棺の後を待ちて議すべきのみ。
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