春秋左氏伝 / 昭公二十八年 言は以て已むべからず
鬷蔑惡欲觀叔向。從使之收器者。而往立於堂下。一言而善。叔向將飲酒。聞之曰。必鬷明也。下執其手。以上曰。昔賈大夫惡。娶妻而美。三年不言不笑。御以如皋。射雉獲之。其妻始笑而言。賈大夫曰。才之不可以已。我不能射。女遂不言不笑夫。今子少不颺。子若無言。吾幾失子矣。言不可以已也如是。遂如故知。今女有力於王室。吾是以舉女。行乎敬之哉。毋墮乃力。仲尼聞魏子之舉也。以為義。曰。近不失親。遠不失舉。可謂義矣。又聞其命賈辛也。以為忠。詩曰。永言配命。自求多福。忠也。魏子之舉也義。其命也忠。其長有後於晉國乎。
新字:鬷蔑悪欲観叔向。従使之収器者。而往立於堂下。一言而善。叔向将飲酒。聞之曰。必鬷明也。下執其手。以上曰。昔賈大夫悪。娶妻而美。三年不言不笑。御以如皋。射雉獲之。其妻始笑而言。賈大夫曰。才之不可以已。我不能射。女遂不言不笑夫。今子少不颺。子若無言。吾幾失子矣。言不可以已也如是。遂如故知。今女有力於王室。吾是以舉女。行乎敬之哉。毋堕乃力。仲尼聞魏子之舉也。以為義。曰。近不失親。遠不失舉。可謂義矣。又聞其命賈辛也。以為忠。詩曰。永言配命。自求多福。忠也。魏子之舉也義。其命也忠。其長有後於晋国乎。
書き下し
鬷蔑(そうべつ)惡(みにく)し。叔向を觀んと欲し、使ひの器を收むる者に從ひて、往きて堂下に立つ。一言にして善し。叔向將に酒を飲まんとし、之を聞きて曰く、「必ず鬷明ならん」と。下りて其の手を執りて、以って上りて曰く、『昔賈の大夫惡し。妻を娶りて美なり。三年言はず笑はず。御して以って皋に如き、雉を射て之を獲。其の妻始めて笑ひて言ふ。賈の大夫曰く、「才の以って已む可からざるや。我射る能はずんば、女遂に言はず笑はざらんか」と。今子少しく颺(あが)らず。子若し言無くんば、吾幾ど子を失はんとす。言の以って已む可からざるや是くの如し』と。遂に故知の如くす。今女(なんぢ)王室に力有り。吾是を以って女を舉ぐ。行け、之を敬まんかな。乃(なんぢ)の力を墮すこと毋かれ」と。仲尼、魏子の舉を聞きて、以って義と為して曰く、「近くして親を失はず、遠くして舉を失はず、義と謂ふ可し」と。又其の賈辛に命ずるを聞きて、以って忠と為す。「詩に曰く、『永く言(ここ)に命に配し、自ら多福を求む』と。忠なり。魏子の舉や義、其の命や忠、其れ長く晉國に後有らんか」と。
現代語訳
鬷蔑(そうべつ、鄭の大夫、字は然明)は容貌が醜かった。叔向に会ってみたいと思い、宴の器を片付ける使用人に紛れて行き、堂の下に立った。そして一言だけ言ったが、それが立派な言葉だった。叔向は酒を飲もうとしていたところで、それを聞いて言った。「きっと鬷明(鬷蔑)だ」。堂から下りてその手を取って堂上に連れて上がり、こう言った。『昔、賈の国の大夫は醜かったが、美しい妻を娶った。妻は三年のあいだ口もきかず笑いもしなかった。大夫は妻を車に乗せて沢へ行き、雉を射て仕留めた。すると妻は初めて笑って口をきいた。賈の大夫は言った。「才能というものは捨て置いてはならないものだ。私が射ることができなかったら、お前はとうとう口もきかず笑いもしなかっただろう」。いまあなたは容貌がいささか見栄えがしない。もしあなたが一言も言わなかったら、私はもう少しであなたを見逃すところだった。言葉を捨て置いてはならないというのは、このようなことだ』。そして旧知のように親しく交わった。いま、そなた(賈辛)は王室のために功績があった。だから私はそなたを登用するのだ。行って、職務を慎んで務めよ。そなたの力をおとしめてはならない」。仲尼(孔子)は魏子の登用を聞いて、義にかなうとして言った。「近い者についてはその親しさを失わず、遠い者についても登用を漏らさない。義と言うべきである」。また、魏子が賈辛に命じた言葉を聞いて、忠であると言った。「『詩経』に『とこしえに天命にかない、自ら多くの福を求める』とある。これが忠である。魏子の登用は義であり、その命令は忠である。魏氏は晋の国で長く子孫が続くだろう」。
解説
この章句が説くこと
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