呻吟語 / 内篇・修身・言は嗇夫、義は貪夫
君子之出言也,如嗇夫之用財;其見義也,如貪夫之趨利。
書き下し
君子の言を出だすや、嗇夫の財を用ふるが如し。其の義を見るや、貪夫の利に趨くが如し。
現代語訳
君子が言葉を出すときは、けちな人が金を使うようです。義を見たときは、欲張りが利益に走るようです。
解説
けちと欲張りという、ふつうは悪く言われる二つを、そのまま手本にします。言葉については一円を惜しむけちのように出し渋り、義については利を見た欲張りのように飛びつく。同じ人の中に正反対の性質が同居する形です。対比が鮮やかで、しかも両方とも卑俗な例えを使っているので忘れにくい。呻吟語でよく引かれる一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
言葉義倹約迅速対比
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『春秋左氏伝』昭公二十八年 言は以て已むべからず鬷蔑(そうべつ)惡(みにく)し。叔向を觀んと欲し、使ひの器を收むる者に從ひて、往きて堂下に立つ。一言にして善し。叔向將に酒を飲まんとし、之を聞きて曰く、「必ず鬷明ならん」と。下りて其の手を執りて、以って上りて曰く、『昔賈の大夫惡し。妻を娶りて美なり。三年言はず笑はず。御して以って皋に如き、雉を射て之を獲。其の妻始めて笑ひて言ふ。賈の大夫曰く、「才の以って已む可からざるや。我射る能はずんば、女遂に言はず笑はざらんか」と。今子少しく颺(あが)らず。子若し言無くんば、吾幾ど子を失はんとす。言の以って已む可からざるや是くの如し』と。遂に故知の如くす。今女(なんぢ)王室に力有り。吾是を以って女を舉ぐ。行け、之を敬まんかな。乃(なんぢ)の力を墮すこと毋かれ」と。仲尼、魏子の舉を聞きて、以って義と為して曰く、「近くして親を失はず、遠くして舉を失はず、義と謂ふ可し」と。又其の賈辛に命ずるを聞きて、以って忠と為す。「詩に曰く、『永く言(ここ)に命に配し、自ら多福を求む』と。忠なり。魏子の舉や義、其の命や忠、其れ長く晉國に後有らんか」と。
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新語・明誡君は徳に明らかなれば、以て遠きに及ぶ可く、臣は義に篤ければ、以て大に至る可し。何を以て之を言う。昔、湯は七十里の封を以て、帝王の位に升り、周公は自ら三公の官を立て、徳を五帝三王に比ぶ。斯れ乃ち口に善言を出だし、身に善道を行うの致す所なり。故に安危の要、吉凶の符は、一に身に出で、存亡の道、成敗の事は、一に善行に起こる。堯・舜は日月を易えずして興り、桀・紂は星辰を易えずして亡ぶ。天道は改まらずして人道易わるなり。夫れ天地の政を持し、四海の綱を操るに、屈申は法を失う可からず、動作は度を離る可からず。謬誤口より出づれば、則ち乱は万里の外に及ぶ。何ぞ況んや無罪を獄に刑し、無辜を市に誅するをや。
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言志四録・言志晩録 第二百六十六条 老人は尤も言を慎むべし老人の話は多く信を取る。尤も宜しく言を慎むべし。
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『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
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