五常訓 / 巻之四・義
仁は人の心とする所、生理なり。義は人の行べき路とする所、道理なり。仁なければ、人心を失へるなり。義なければ、人道を失へるなり。凡義は、つねに居ては、理にしたがひ、欲にしたがはず。變に居ては、節を守りて、利に走らず。艱難に臨みては、君上のため身をすてゝ、忠を行ふ。義なければ、常に居ては、理の宜しきをすてゝ、唯利のためにし、變にのぞみては、恩をわすれ、德にそむき、利につき、害をのがれ、命ををしみ、死をおそれ、君父をすてて敵にくだり、つたなき振舞をしても恥ぢず。禽獸にひとしきわざなり。皆是義を失ふなり。
新字:仁は人の心とする所、生理なり。義は人の行べき路とする所、道理なり。仁なければ、人心を失へるなり。義なければ、人道を失へるなり。凡義は、つねに居ては、理にしたがひ、欲にしたがはず。変に居ては、節を守りて、利に走らず。艱難に臨みては、君上のため身をすてゝ、忠を行ふ。義なければ、常に居ては、理の宜しきをすてゝ、唯利のためにし、変にのぞみては、恩をわすれ、徳にそむき、利につき、害をのがれ、命ををしみ、死をおそれ、君父をすてて敵にくだり、つたなき振舞をしても恥ぢず。禽獣にひとしきわざなり。皆是義を失ふなり。
書き下し
仁は人の心とする所、生理なり。義は人の行べき路とする所、道理なり。仁なければ、人心を失へるなり。義なければ、人道を失へるなり。凡義は、つねに居ては、理にしたがひ、欲にしたがはず。変に居ては、節を守りて、利に走らず。艱難に臨みては、君上のため身をすてて、忠を行ふ。義なければ、常に居ては、理の宜しきをすてて、唯利のためにし、変にのぞみては、恩をわすれ、徳にそむき、利につき、害をのがれ、命ををしみ、死をおそれ、君父をすてて敵にくだり、つたなき振舞をしても恥ぢず。禽獣にひとしきわざなり。皆是義を失ふなり。
現代語訳
仁は人の心とするところで、生きる理です。義は人の行くべき路とするところで、道理です。仁がなければ、人の心を失ったのです。義がなければ、人の道を失ったのです。およそ義は、平常のときには理にしたがい、欲にしたがいません。変事のときには節操を守って、利に走りません。艱難に臨んでは、主君のために身を捨てて忠を行います。義がなければ、平常のときには理の宜しさを捨てて、ただ利のために行い、変事に臨んでは、恩を忘れ、徳にそむき、利につき、害を逃れ、命を惜しみ、死を恐れ、主君や父を捨てて敵に降り、みっともない振る舞いをしても恥じません。禽獣に等しいしわざです。みなこれは義を失ったのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『囲炉夜話』第百四十六則・命を捨て得ざれば忠臣と爲ること能はず錢を捨て得ざれば、義士と爲ること能はず。命を捨て得ざれば、忠臣と爲ること能はず。
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『五常訓』巻之四・義一董仲舒曰く、仁人は其の義を正して其の利を謀らず、其の道を明かにして其の功を計らず。利とは義を行ふ自然のしるしなり。故に利は義の和なりといへり。君に仕ふるを以ていはば、朝夕つつしんで君によく仕ふれば、君もよろこびて、我を愛し給ふ。是義の和する処利なり。君子の、君につかへて義を行ふは、唯一すぢに君のためにして、私のためにせず、君の寵愛をねがふ心あるべからず。是義を正して利をはからざる也。君に仕ふるに限らず、万のこと、皆かくの如し。すこしも我がためにする心あるは利なり。義にあらず。此利は、みだりに財禄をむさぼる如くなる利欲にはあらず。仁人の事なれば、利欲は云ふに及ばず。義を行ひて、自から来る自然のしるしを云ふ。其自然のしるしを得んと思ふは利なり。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一視聴言動は、人の身の四のわざなり。思は又心の動にして、其本なり。善を好み、悪をきらふ事を誠にするは、思をつつしむの道なり。一善を行ふに、其心に、義と利とのわかちあり。義とは我が行ふべき公の理なり。私なくして、我が為にせざるなり。わが身のためにするは義にあらず。利とはわが身のためにする私の心なり。公ならざるをいふ。万の事を行ふに、先義か不義かをかへりみて、義にしたがひ行ふべし。其行ふこと善なりとも、其心義にしたがはずして、わが身の利分のためにせば、是私なり。君に仕ふる一事を以ていはば、奉公をよくつとむるは善なり。真実に忠をなして、わが身を忘るるは、義を正しくするなり。もし奉公をつとめて、つゆばかりも、君の恩寵を得んためにつとむる心あらば、是利をはかるなり。
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『慎思録』巻之六岳武穆は千古の忠臣なり。姦凶の陥るる所と為りて、忠誠を行ふこと能はず、終に獄中に枉殺せらる。千歳の悲歎すべき所なり。或ひと曰く、此れ明哲保身の道に非ずと。古人も亦此の説を做す者有り。愚謂へらく、忠臣孝子は、君父を愛するの至り、国家の危きを見て、命を授くるの道、宜しく此くの如くすべし。其の軀を喪ふと雖も、顧みざる所以なり。而して明哲保身なる者は、復た各時有りて宜しき所なり。一概にして論ずべからざるなり。
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