春秋左氏伝 / 昭公二十八年 狼子野心
夏。六月。晉殺祁盈及楊食我。食我。祁盈之黨也。而助亂。故殺之。遂滅祁氏。羊舌氏。初。叔向欲娶於申公巫臣氏。其母欲娶其黨。叔向曰。吾母多而庶鮮。吾懲舅氏矣。其母曰。子靈之妻。殺三夫。一君。一子。而亡一國。兩卿矣。可無懲乎。吾聞之。甚美必有甚惡。是鄭穆少妃。姚子之子。子貉之妹也。子貉早死無後。而天鍾美於是。將必以是。大有敗也。昔有仍氏生女。黰黑。而甚美。光可以鑑。名曰玄妻。樂正后夔取之。生伯封。實有豕心。貪惏無饜。忿纇無期。謂之封豕。有窮后羿滅之。夔是以不祀。且三代之亡。共子之廢。皆是物也。女何以為哉。夫有尤物。足以移人。苟非德義。則必有禍。叔向懼。不敢取。平公強使取之。生伯石。伯石始生。子容之母走謁諸姑。曰。長叔姒生男。姑視之。及堂。聞其聲而還。曰。是豺狼之聲也。狼子野心。非是。莫喪羊舌氏矣。遂弗視。
新字:夏。六月。晋殺祁盈及楊食我。食我。祁盈之党也。而助乱。故殺之。遂滅祁氏。羊舌氏。初。叔向欲娶於申公巫臣氏。其母欲娶其党。叔向曰。吾母多而庶鮮。吾懲舅氏矣。其母曰。子霊之妻。殺三夫。一君。一子。而亡一国。両卿矣。可無懲乎。吾聞之。甚美必有甚悪。是鄭穆少妃。姚子之子。子貉之妹也。子貉早死無後。而天鍾美於是。将必以是。大有敗也。昔有仍氏生女。黰黒。而甚美。光可以鑑。名曰玄妻。楽正后夔取之。生伯封。実有豕心。貪惏無饜。忿纇無期。謂之封豕。有窮后羿滅之。夔是以不祀。且三代之亡。共子之廃。皆是物也。女何以為哉。夫有尤物。足以移人。苟非徳義。則必有禍。叔向懼。不敢取。平公強使取之。生伯石。伯石始生。子容之母走謁諸姑。曰。長叔姒生男。姑視之。及堂。聞其声而還。曰。是豺狼之声也。狼子野心。非是。莫喪羊舌氏矣。遂弗視。
書き下し
夏、六月、晉、祁盈及び楊食我を殺す。食我は祁盈の黨なり、而して亂を助く、故に之を殺す。遂に祁氏・羊舌氏を滅ぼす。初め、叔向、申公巫臣氏に娶らんと欲す。其の母其の黨に娶らしめんと欲す。叔向曰く、「吾が母は多くして庶は鮮し。吾舅氏に懲りたり」と。其の母曰く、「子靈の妻は、三夫・一君・一子を殺して、一國・兩卿を亡ぼせり。懲りること無かる可けんや。吾之を聞く、甚だ美なるものには必ず甚だ惡有りと。是れ鄭の穆少妃姚子の子、子貉(しかく)の妹なり。子貉早く死して後無し。而して天美を是に鍾(あつ)む。將に必ず是を以って大いに敗るる有らんとす。昔、有仍氏女を生む。黰黑(しんこく)にして甚だ美なり。光以って鑑とす可し。名づけて玄妻と曰ふ。樂正后夔之を取り、伯封を生む。實に豕心有り、貪惏(たんらん)にして饜くこと無く、忿纇(ふんらい)にして期無し。之を封豕と謂ふ。有窮の后羿之を滅ぼす。夔是を以って祀られず。且つ三代の亡ぶる、共子の廢せらるる、皆是の物なり。女何を以って為さんや。夫れ尤物有らば、以って人を移すに足る。苟くも德義に非ずんば、則ち必ず禍有らん」と。叔向懼れて、敢へて取らず。平公強ひて之を取らしむ。伯石を生む。伯石始めて生まるるや、子容の母走りて諸を姑に謁げて曰く、「長叔姒男を生めり」と。姑之を視んとし、堂に及びて、其の聲を聞きて還りて曰く、「是れ豺狼の聲なり。狼子は野心あり。是に非ずんば、羊舌氏を喪ぼす莫からん」と。遂に視ず。
現代語訳
夏六月、晋は祁盈と楊食我を殺した。楊食我は祁盈の仲間で、乱に加担したので殺したのである。こうして祁氏と羊舌氏を滅ぼした。これより前、叔向(羊舌肸、晋の賢大夫)は申公巫臣の家から妻を娶ろうとした。叔向の母は、自分の一族から娶らせたいと思っていた。叔向は言った。「私の母方は人が多いのに、妾腹の子は少ない(嫉妬深い家柄だ)。私は母方の一族には懲りています」。母は言った。「子霊(巫臣)の妻(夏姫)は、三人の夫と一人の君と一人の子を死なせ、一つの国と二人の卿を滅ぼした。懲りないでいられようか。私はこう聞いている。『ひどく美しいものには、必ずひどく悪いところがある』と。あの女は鄭の穆公の少妃である姚子の子で、子貉(しかく)の妹だ。子貉は早死にして跡継ぎがいない。そして天はその美しさをこの女に集めた。きっとこれによって大きな災いがあるだろう。昔、有仍氏が娘を生んだ。髪は黒々としてたいそう美しく、その光沢は鏡にできるほどで、玄妻と名づけられた。楽正の后夔がこれを娶り、伯封が生まれた。伯封は実に豚のような心を持ち、貪欲で飽くことがなく、怒りっぽくて際限がなかった。人々はこれを封豕(大豚)と呼んだ。有窮の后羿がこれを滅ぼし、夔はそのために祭られなくなった。しかも夏・殷・周三代の滅亡も、共子(晋の太子申生)が廃されたことも、みなこうした女が原因である。そなたはどうしてそのような女を娶ろうとするのか。そもそも非常に優れた美しい者は、人の心を動かすに足る。もし徳と義がなければ、必ず禍がある」。叔向は恐れて、娶ろうとしなかった。しかし晋の平公が無理に娶らせた。そして伯石(楊食我)が生まれた。伯石が生まれたばかりのとき、子容(叔向の兄の叔魚)の母が走っていって姑(叔向の母)に告げた。「上の弟嫁が男の子を生みました」。姑は見に行こうとして堂まで来たが、その泣き声を聞くと引き返して言った。「これは山犬や狼の声だ。狼の子には野性の心がある。この子でなければ、羊舌氏を滅ぼす者はいないだろう」。そして見ようとしなかった。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之五其の性行を審らかに択ばざるべからず。又須らく父家の良賤を選ぶべし。唯其の容貌の美悪を以て取舎を為すべからず。然れども君子の父に於けるや、愛敬兼ね至り、母に比して最も厚き者は、何ぞや。蓋し人の生ずるや、始めを父に資る。是れ稟受の本源たり。母の如きは、養育の功固より多しと雖も、然れども其の本始たりて之を統ぶる者は父なり。是れ猶ほ地育の功厚しと雖も、特に天生の徳大なるがごとし。故に父は天たり、母は地たり。其の尊卑自ら同じからず。此れ父を以て至尊至親と為し、其の尊ぶべきこと天と斉し。故に君子は最も其の父に厚くして、母は其の次なり。
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『玉勝間』十三の巻 臣の王を娶る事記略に、延暦十二年九月丙戌の詔に、見任の大臣、良家の子孫、三世以下を娶るを許す、但し藤原氏は、累代相承けて、摂政絶えず、此を以てこれを論ずれば、等しきに因るべからず、殊に二世以下を娶るを聴すべしと見えたり。そもそも古は、皇女はさらにも申さず、すべて臣の、王の女を娶ることは、ゆるされぬ事にて、さる事かつて無かりしを、継嗣令に、臣五世の王を娶るは聴すとあるは、令の時、始めての御制にや有りけむ。そのかみ万の事、さしも漢風にうつされしかども、これらはさすがに、人の情の安からざる事なれば、延暦の頃になりてすら、なお上の件の如くなりけらし。令のかの同じつづきに、王は親王を娶り、ただ五世の王は、親王を娶るを得ずとも見えて、諸王は、四世までも、皇女をも娶りしを、臣は、そのかみわずかに、五世の女王を娶ることをゆるされしを以て、王と臣と、すじの尊き卑しきけじめ、厳なりしことを知るべし。夫婦のむすびをなすことも、尊き卑しきけじめ、かばかり正しかりしを、そののち何事もみな、漸に漢風にうつりはてて、ついに今の如くには成りぬるなり。世の人ただ、同姓娶らずなど云う、漢風の事をのみ、思い云いて、皇国の古に、かばかり尊き卑しきけじめを分けし事をば、知らざめる故に、今いささかおどろかすなり。
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易経・彖伝帰妹(きまい)は、天地の大義なり。天地交わらざれば、万物興らず。帰妹は、人の終始なり。説(よろこ)びて以て動く、帰(とつ)ぐ所は妹(まい)なり。「征けば凶」とは、位当たらざればなり。「利(よ)ろしき攸(ところ)なし」とは、柔の剛に乗ればなり。
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『玉勝間』十三の巻 臣の王を娶る事かの漢国の王などは、もとよりすじ無き者には有れども、当時の王の女をも、むげにすじ無き男にもあわすなるは、あまりにわきため無く、みだりなる国俗にぞ有りける。
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『春秋左氏伝』桓公三年・四年 曲沃、翼侯を獲う三年春、曲沃の武公翼を伐ち、陘庭に次る。韓萬戎に御し、梁弘右と為る。翼侯を汾隰に逐ふ。驂絓りて止まる。夜之を獲、及び欒共叔をも。嬴に會す、昬を齊に成すなり。夏、齊侯・衛侯蒲に胥命す、盟はざるなり。公杞侯に郕に會す、杞成を求むるなり。秋、公子翬齊に如きて女を逆ふ。先君の好を修む。故に「公子」と曰ふ。齊侯姜氏を讙に送る、禮に非ざるなり。凡そ公女敵國に嫁ぐに、姊妹なれば、則ち上卿之を送り、以って先君に禮す。公子なれば、則ち下卿之を送る。大國に於いては、公子と雖も、亦た上卿之を送る。天子に於いては、則ち諸卿皆行き、公自ら送らず。小國に於いては、則ち上大夫之を送る。冬、齊の仲年來聘す、夫人を致すなり。芮伯萬の母芮姜、芮伯の寵人多きを惡む、故に之を逐ふ。出でて魏に居る。四年春、正月、公郎に狩す。書するは、時にして、禮なればなり。夏、周の宰渠伯糾來聘す。父在り、故に名いふ。秋、秦の師芮を侵し、敗る、之を小とすればなり。冬、王の師・秦の師魏を圍み、芮伯を執へて以って歸る。
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『春秋左氏伝』隠公八年 先に配して後に祖す八年春、齊侯將に宋・衛を平がんとし、會期有り。宋公幣を以って衛に請ひ、先づ相見えんことを請ふ。衛侯之を許す。故に犬丘に遇ふ。鄭伯泰山の祀を釋きて周公を祀らんことを請ひ、泰山の祊を以って許田に易へんとす。三月、鄭伯宛をして來りて祊を歸らしむ、泰山を祀らざるなり。夏、虢公忌父始めて周に卿士と作る。四月甲辰、鄭の公子忽陳に如きて婦媯を逆ふ。辛亥、媯氏を以って歸る。甲寅、鄭に入る。陳の鍼子女を送る。先づ配して後に祖す。鍼子曰く、「是れ夫婦と為さず。其の祖を誣ふ、禮に非ざるなり。何を以ってか能く育せん」と。齊人卒に宋・衛を鄭に平ぐ。秋、溫に會し、瓦屋に盟ふ、以って東門の役を釋く、禮なり。八月丙戌、鄭伯齊人を以って王に朝す、禮なり。公莒人と浮來に盟ふ、以って紀の好を成すなり。冬、齊侯をして來りて三國を成すを告げしむ。公眾仲をして對へしめて曰く、「君三國の圖を釋きて、以って其の民を鳩む、君の惠なり。寡君命を聞けり。敢へて君の明德を承受せざらんや」と。無駭卒す。羽父謚と族とを請ふ。公族を眾仲に問ふ。眾仲對へて曰く、「天子德を建て、生に因りて以って姓を賜ひ、之に土を胙して之に氏を命ず。諸侯は字を以って謚と為し、因りて以って族と為す。官に世功有れば、則ち官族有り。邑も亦た之の如し」と。公命じて字を以って展氏と為す。
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