春秋左氏伝 / 昭公二十七年 子常、費無極を誅す
九月。己未。子常殺費無極與鄢將師。盡滅其族。以說于國。謗言乃止。冬。公如齊。齊侯請饗之。子家子曰。朝夕立於其朝。又何饗焉。其飲酒也。乃飲酒。使宰獻而請安。子仲之子曰重。為齊侯夫人。曰。請使重見。子家子乃以君出。十二月。晉籍秦致諸侯之戍于周。魯人辭以難。
新字:九月。己未。子常殺費無極与鄢将師。尽滅其族。以説于国。謗言乃止。冬。公如斉。斉侯請饗之。子家子曰。朝夕立於其朝。又何饗焉。其飲酒也。乃飲酒。使宰献而請安。子仲之子曰重。為斉侯夫人。曰。請使重見。子家子乃以君出。十二月。晋籍秦致諸侯之戍于周。魯人辞以難。
書き下し
九月、己未、子常、費無極と鄢將師とを殺し、盡く其の族を滅ぼして、以って國に說(と)く。謗言乃ち止む。冬、公齊に如く。齊侯之を饗せんことを請ふ。子家子曰く、「朝夕其の朝に立つ、又何ぞ饗せん。其れ酒を飲まんのみ」と。乃ち酒を飲む。宰をして獻ぜしめて安きを請ふ。子仲の子を重と曰ひ、齊侯の夫人為り。曰く、「請ふ重をして見えしめん」と。子家子乃ち君を以って出づ。十二月、晉の籍秦、諸侯の戍を周に致す。魯人辭するに難を以ってす。
現代語訳
九月己未の日、子常は費無極と鄢将師を殺し、その一族をことごとく滅ぼして、国人に釈明した。それで非難の声はようやくやんだ。冬、昭公は斉へ行った。斉侯(景公)は昭公を饗宴でもてなしたいと申し出た。子家子は言った。「朝に夕に斉の朝廷に立っている身です。そのうえ何の饗宴でしょう。ただ酒を飲むだけにしましょう」。そこで酒を飲むだけの席となった。斉侯は宰(料理番の長)に酒を献じさせ、自分は休ませてもらいたいと言って席を外した。子仲(魯の公子憖)の娘で重という者が斉侯の夫人となっていた。斉侯は「重に挨拶させましょう」と言った。子家子はそこで昭公を連れて退出した。十二月、晋の籍秦は諸侯の守備兵を周に送り届けた。魯の人々は国内の難を理由に辞退した。
解説
この章句が説くこと
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