論語 / 八佾篇
林放問禮之本。子曰:「大哉問!禮,與其奢也,寧儉;喪,與其易也,寧戚。」
新字:林放問礼之本。子曰:「大哉問!礼,与其奢也,寧倹;喪,与其易也,寧戚。」
書き下し
林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
現代語訳
林放が礼の根本について尋ねた。先生はおっしゃった。「大きな問いだ。礼というものは、贅を尽くすくらいなら、いっそ質素なほうがよい。葬儀は、手際よく整えるくらいなら、いっそ悲しみに沈んでいるほうがよい。」
解説
孔子は礼を重んじた人だが、その礼が形式の競争に化けることを最も警戒した。豪華にする、滞りなく進行させる。どちらも外から褒められやすく、だからこそ本体を追い越してしまう。孔子の答えは明快で、迷ったら本体の側に倒せ、である。葬儀の本体は悲しみであって、進行の完成度ではない。儀式や制度をつくる側に立つ人ほど、この一句が効く。会議、表彰、研修、周年行事。どれも始まりには意味があったのに、回を重ねるうちに「うまくやること」が目的にすり替わる。判断に迷ったら問い直せばいい。これは何のための形だったのか、と。形を削ってでも中身が残るなら、そちらを選ぶのが礼である。
この章句が説くこと
礼権限本質境界形式秩序
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公二十五年 是れ儀なり、礼に非ず夏、黃父に會す。王室を謀るなり。趙簡子諸侯の大夫に令して、王に粟を輸し、戍人を具へしめて、曰く、「明年將に王を納れんとす」と。子大叔趙簡子に見ゆ。簡子揖讓周旋の禮を問ふ。對へて曰く、「是れ儀なり、禮に非ざるなり」と。簡子曰く、「敢へて問ふ、何をか禮と謂ふ」と。對へて曰く、「吉や諸を先大夫子產に聞けり。曰く、『夫れ禮は、天の經なり、地の義なり、民の行なり』と。天地の經にして、民實に之に則る。天の明に則り、地の性に因り、其の六气を生じ、其の五行を用ふ。气は五味と為り、發して五色と為り、章はれて五聲と為る。淫すれば則ち昏亂し、民其の性を失ふ。是の故に禮を為りて以って之を奉ず。六畜・五牲・三犧を為りて、以って五味を奉じ、九文・六采・五章を為りて、以って五色を奉じ、九謌・八風・七音・六律を為りて、以って五聲を奉ず。君臣上下を為りて、以って地の義に則り、夫婦外内を為りて、以って二物を經し、父子・兄弟・姑姊・甥舅・
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『韓非子』解老第二十中心懐ひて諭らず、故に疾く趨り卑く拝して之を明らかにす。実心愛して知られず、故に言を好くし辞を繁くして以て之を信にす。礼は、外飾の以て内を諭す所以なり。故に曰く、礼は以て情を貌するなりと。凡そ人の外物の為に動くや、其の身の礼たることを知らざるなり。衆人の礼を為すや、以て他人を尊ぶ。故に時に勧み時に衰ふ。君子の礼を為すは、以て其の身の為にす。以て其の身の為にす、故に之を神にして上礼と為す。上礼は神にして衆人は弐なり、故に相応ずること能はず。相応ずること能はず、故に曰く、「上礼は之を為して之に応ずること莫し」と。衆人弐なりと雖も、聖人の恭敬を復し手足の礼を尽くすや衰へず。故に曰く、「臂を攘ひて之を仍く」と。道に積有りて積に功有り。徳は、道の功なり。功に実有りて実に光有り。仁は、徳の光なり。光に沢有りて沢に事有り。義は、仁の事なり。事に礼有りて礼に文有り。礼は、義の文なり。故に曰く、「道を失ひて後に徳を失ひ、徳を失ひて後に仁を失ひ、仁を失ひて後に義を失ひ、義を失ひて後に礼を失ふ」と。礼は情の貌為る者なり、文は質の飾為る者なり。夫れ君子は情を取りて貌を去り、質を好みて飾を悪む。夫れ貌を恃みて情を論ずる者は、其の情悪しきなり。飾を須ちて質を論ずる者は、其の質衰へたるなり。何を以て之を論ずる。和氏の璧は、飾るに五采を以てせず。隋侯の珠は、飾るに銀黄を以てせず。其の質至美にして、物以て之を飾るに足らず。夫れ物の飾を待ちて後に行はるる者は、其の質美ならざるなり。是を以て父子の間は、其の礼樸にして明らかならず。故に曰く、礼薄しと。凡そ物は並び盛んならず、陰陽是れなり。理は相奪予す、威徳是れなり。実厚き者は貌薄し、父子の礼是れなり。
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史記 趙世家且つ服奇なる者は志淫なりとせば、則ち是れ鄒・魯に奇行無きなり。俗辟なる者は民易なりとせば、則ち是れ呉・越に秀士無きなり。且つ聖人は身を利するを之を服と謂ひ、事を便にするを之を礼と謂ふ。夫れ進退の節、衣服の制は、常民を斉しくする所以なり。賢者を論ずる所以に非ざるなり。
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『呻吟語』内篇・修身・情を飾ると偽を飾る先王の禮文は用て情を飾る。後世の禮文は用て偽を飾る。情を飾れば則ち三千三百、至繁なりと雖も、其の率真爲るを害せず。偽を飾れば則ち一揖一拜と雖も、已に自ら多し。後の偽を飾るを惡む者は、乃ち一切苟簡決裂して、以て天下の防を潰し、而して自ら之を率真と謂ふ。將に伯子の簡に流れて行ふ可からざらんとす。又た禮の賊なり。
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『呻吟語』内篇・談道・禮は情より生ず瓜・李將に熟せんとすれば、浮白生ず。禮は情より生ずるに、後世乃ち禮を以て情と為す。哀しいかな。
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史記 劉敬叔孫通列伝遂に徵す所の三十人と西し、及び上の左右の學を為す者と其の弟子百餘人と、綿蕞(めんぜつ)を野外に為す。之を習ふこと月餘、叔孫通曰く、「上試みに觀るべし」と。上既に觀て、禮を行はしめて曰く、「吾能く此を為さん」と。乃ち群臣をして習肄せしめ、十月に會す。漢の七年、長樂宮成り、諸侯群臣皆十月に朝す。儀は、平明に先だち、謁者禮を治め、引きて次を以て殿門に入らしむ。廷中には車騎步卒を陳ねて宮を衛らしめ、兵を設け旗志を張る。傳へて「趨れ」と言ふ。殿下には郎中陛を俠み、陛ごとに數百人。功臣・列侯・諸將軍・軍吏は次を以て西方に陳なりて東鄉し、文官は丞相以下東方に陳なりて西鄉す。大行九賓を設け、臚傳す。是に於いて皇帝輦にて房を出づ。百官職を執りて警を傳へ、諸侯王以下吏六百石に至るまでを引きて次を以て賀を奉ぜしむ。諸侯王より以下、振恐して肅敬せざる莫し。禮畢はるに至りて、復た法酒を置く。諸々の殿上に侍坐する者、皆伏して首を抑へ、尊卑の次を以て起ちて壽を上る。觴九たび行き、謁者「酒を罷めよ」と言ふ。御史法を執り、儀の如くならざる者を舉げて輒ち引き去る。朝を竟へて酒を置くに、敢へて讙譁して禮を失ふ者無し。是に於いて高帝曰く、「吾乃ち今日皇帝為るの貴きを知れり」と。乃ち叔孫通を拜して太常と為し、金五百斤を賜ふ。叔孫通因りて進みて曰く、「諸弟子儒生、臣に隨ふこと久し。臣と共に儀を為す。願はくは陛下之を官とせよ」と。高帝悉く以て郎と為す。叔孫通出でて、皆五百斤の金を以て諸生に賜ふ。諸生乃ち皆喜びて曰く、「叔孫生は誠に聖人なり。當世の要務を知る」と。漢の九年、高帝叔孫通を徙して太子太傅と為す。漢の十二年、高祖趙王如意を以て太子に易へんと欲す。叔孫通上を諫めて曰く、「昔者晉の獻公、驪姬の故を以て太子を廢し、奚齊を立つ。晉國亂るること數十年、天下の笑ひと為る。
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