春秋左氏伝 / 昭公二十一年 干犨、死を請う
城射之。殪。張匄抽殳而下。射之。折股。扶伏而擊之。折軫。又射之。死。干犨請一矢。城曰。余言汝於君。封曰。不死伍乘。軍之大刑也。干刑而從子。君焉用之。子速諸。乃射之。殪。大敗華氏。圍諸南里。華亥搏膺而呼。見華貙曰。吾為欒氏矣。貙曰。子無我迋。不幸而後亡。使華登如楚乞師。華貙以車十五乘。徒七十人。犯師而出。食於睢上。哭而送之。乃復入。楚薳越帥師。將逆華氏。大宰犯諫曰。諸侯唯宋事其君。今又爭國。釋君而臣是助。無乃不可乎。王曰。而告我也。後既許之矣。
新字:城射之。殪。張匄抽殳而下。射之。折股。扶伏而撃之。折軫。又射之。死。干犨請一矢。城曰。余言汝於君。封曰。不死伍乗。軍之大刑也。干刑而従子。君焉用之。子速諸。乃射之。殪。大敗華氏。囲諸南里。華亥搏膺而呼。見華貙曰。吾為欒氏矣。貙曰。子無我迋。不幸而後亡。使華登如楚乞師。華貙以車十五乗。徒七十人。犯師而出。食於睢上。哭而送之。乃復入。楚薳越帥師。将逆華氏。大宰犯諫曰。諸侯唯宋事其君。今又争国。釈君而臣是助。無乃不可乎。王曰。而告我也。後既許之矣。
書き下し
城之を射て、殪(たふ)す。張匄殳を抽きて下る。之を射て、股を折る。扶伏して之を擊ち、軫を折る。又之を射て、死す。干犨一矢を請ふ。城曰く、「余汝を君に言はん」と。對へて曰く、「伍乘に死せざるは、軍の大刑なり。刑を干して子に從ふとも、君焉んぞ之を用ゐん。子速やかにせよ」と。乃ち之を射て、殪す。大いに華氏を敗り、諸を南里に圍む。華亥膺を搏ちて呼び、華貙に見えて曰く、「吾欒氏と為れり」と。貙曰く、「子我を迋(おど)す無かれ。不幸にして後に亡げん」と。華登をして楚に如きて師を乞はしむ。華貙車十五乘・徒七十人を以って、師を犯して出で、睢上に食し、哭して之を送り、乃ち復た入る。楚の薳越師を帥ゐて、將に華氏を逆へんとす。大宰犯諫めて曰く、「諸侯唯だ宋のみ其の君に事ふ。今又國を爭ふ。君を釋てて臣を是れ助くるは、乃ち不可なる無からんや」と。王曰く、「而(なんぢ)我に告ぐるや、後れたり。既に之を許せり」と。
現代語訳
公子城は華豹を射て倒した。張匄は殳(しゅ、長柄の打撃武器)を手に取って車から降りた。城がこれを射ると、股の骨が折れた。張匄は這って進んで殳で打ちかかり、城の車の軫(後部の横木)を折った。城がさらに射ると、張匄は死んだ。御者の干犨は矢を一本くれと願った(自分も射殺してくれと求めた)。城は「お前のことは君に取りなしてやろう」と言った。干犨は答えた。「同じ車の仲間とともに死なないのは、軍法で最も重い罪です。罪を犯してあなたに従ったとしても、君はそんな者をどうして用いましょうか。早く射てください」。そこで城は彼を射て倒した。宋軍は華氏を大いに破り、南里に包囲した。華亥(かがい)は胸を打って泣き叫び、華貙に会って「我々も(晋で滅ぼされた)欒氏のようになってしまった」と言った。貙は言った。「あなたは私を脅かさないでいただきたい。不運にも敗れたら、そのあとで逃げればよい」。華登を楚に行かせて援軍を求めさせた。華貙は戦車十五乗、歩兵七十人で包囲軍を突破して出て、睢水のほとりで食事をし、泣いて華登を送り出すと、再び包囲の中に戻った。楚の薳越(いえつ)が軍を率いて華氏を迎え入れようとした。大宰の犯が諫めて言った。「諸侯の中で宋だけがきちんとその君に仕えてきました。いまその国で君位をめぐって争っているのに、君を捨ててその臣下を助けるのは、よくないことではありませんか」。楚の平王は言った。「お前が私に告げるのは遅かった。すでに彼らに約束してしまった」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』文公十八年 莒僕を逐う莒の紀公、大子僕を生み、又季佗を生む。季佗を愛して僕を黜け、且つ多く無禮を國に行ふ。僕國人に因りて以って紀公を弒し、其の寶玉を以って來奔し、諸を宣公に納る。公命じて之に邑を與へしめて曰く、「今日必ず授けよ」と。季文子司寇をして諸を竟に出ださしめて曰く、「今日必ず達せよ」と。公其の故を問ふ。季文子大史克をして對へしめて曰く、「先大夫臧文仲、行父に君に事ふるの禮を教ふ。行父奉じて以って周旋し、敢へて失隊せず。曰く、『其の君に禮有る者を見ては之に事ふること、孝子の父母を養ふが如くせよ。其の君に禮無き者を見ては之を誅すること、鷹鸇(ようせん)の鳥雀を逐ふが如くせよ』と。先君周公周禮を制して曰く、『則は以って德を觀、德は以って事に處し、事は以って功を度り、功は以って民に食(し)ましむ』と。誓命を作りて曰く、『則を毀つを賊と為し、賊を掩ふを藏と為し、賄を竊むを盜と為し、器を盜むを姦と為す。藏の名を主とし、姦の用に賴るは、大凶德為り、常有りて赦す無く、九刑に在りて忘れず』と。行父還(めぐ)りて莒僕を觀るに、則とす可き莫きなり。孝敬忠信を吉德と為し、盜賊藏姦を凶德と為す。夫れ莒僕、則ち其の孝敬は、則ち君父を弒せり。則ち其の忠信は、則ち寶玉を竊めり。其の人は、則ち盜賊なり。其の器は、則ち姦兆なり。保ちて之を利とすれば、則ち藏を主とするなり。以って訓ふれば則ち昏く、民則とする無し。善に度らずして、皆凶德に在り、是を以って之を去る。
-
『呻吟語』内篇・修身・微端の開く可からず禮義の大防は、眾人一念の苟に壞る。譬へば徑に由るの人の如し。只だ一時の倦みの為に行くこと幾步、便ち平地に一條の蹊徑を踏み破る。後來の人舊跡を跟尋し、踵ぎて塞ぐ可からざるの大道と成る。是を以て君子は眾人の驚く所の事に當たりても略ぼ動容せず、才かに禮義上に些須を干礙すれば、便ち愕然として色を變ずること、大刑憲に觸るるが若くす。大防の潰す可からずして、微端の開く可からざるを懼るればなり。
-
『呻吟語』内篇・修身・兩條の路のみ君子の持循する所は、只だ兩條の路有るのみ。先聖の成規に非ざれば、則ち時王の定制なり。此の外は悉く邪なり、俗なり。君子は由らず。
-
『武士道』第一章 武士道の倫理系・喧嘩なら堂々とやれかくて彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。いわんや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。たとへば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師もし同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く、武士にして、もし悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき権能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ。此の蛮野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萌芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなきか。
-
『十七条憲法』第四条四に曰わく、群臣(まえつきみ)百寮(もものつかさ)、礼を以て本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本、要(かなめ)は礼に在り。上(かみ)礼無くんば下(しも)斉(ととの)わず。下(しも)礼無くんば以て必ず罪有り。是(ここ)を以て、群臣礼有れば、位次(くらい)乱れず。百姓(ひゃくせい)礼有れば、国家(こっか)自(おのずか)ら治まる。
-
呂氏春秋・處方⑤今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る