春秋左氏伝 / 文公十八年 莒僕を逐う
莒紀公子生大子僕,又生季佗,愛季佗而黜僕,且多行無禮於國,僕因國人以弒紀公,以其寶玉來奔,納諸宣公,公命與之邑,曰,今日必授,季文子使司寇出諸竟,曰,今日必達,公問其故,季文子使大史克對曰,先大夫臧文仲,教行父事君之禮,行父奉以周旋,弗敢失隊,曰,見有禮於其君者事之,如孝子之養父母也,見無禮於其君者誅之,如鷹鸇之逐鳥雀也,先君周公制周禮曰,則以觀德,德以處事,事以度功,功以食民,作誓命曰,毀則為賊,掩賊為藏,竊賄為盜,盜器為姦,主藏之名,賴姦之用,為大凶德,有常無赦,在九刑不忘,行父還觀莒僕,莫可則也,孝敬忠信為吉德,盜賊藏姦為凶德,夫莒僕,則其孝敬,則弒君父矣,則其忠信,則竊寶玉矣,其人,則盜賊也,其器,則姦兆也,保而利之,則主藏也,以訓則昏,民無則焉,不度於善,而皆在於凶德,是以去之,
新字:莒紀公子生大子僕,又生季佗,愛季佗而黜僕,且多行無礼於国,僕因国人以弒紀公,以其宝玉来奔,納諸宣公,公命与之邑,曰,今日必授,季文子使司寇出諸竟,曰,今日必達,公問其故,季文子使大史克対曰,先大夫臧文仲,教行父事君之礼,行父奉以周旋,弗敢失隊,曰,見有礼於其君者事之,如孝子之養父母也,見無礼於其君者誅之,如鷹鸇之逐鳥雀也,先君周公制周礼曰,則以観徳,徳以処事,事以度功,功以食民,作誓命曰,毀則為賊,掩賊為蔵,窃賄為盗,盗器為姦,主蔵之名,頼姦之用,為大凶徳,有常無赦,在九刑不忘,行父還観莒僕,莫可則也,孝敬忠信為吉徳,盗賊蔵姦為凶徳,夫莒僕,則其孝敬,則弒君父矣,則其忠信,則窃宝玉矣,其人,則盗賊也,其器,則姦兆也,保而利之,則主蔵也,以訓則昏,民無則焉,不度於善,而皆在於凶徳,是以去之,
書き下し
莒の紀公、大子僕を生み、又季佗を生む。季佗を愛して僕を黜け、且つ多く無禮を國に行ふ。僕國人に因りて以って紀公を弒し、其の寶玉を以って來奔し、諸を宣公に納る。公命じて之に邑を與へしめて曰く、「今日必ず授けよ」と。季文子司寇をして諸を竟に出ださしめて曰く、「今日必ず達せよ」と。公其の故を問ふ。季文子大史克をして對へしめて曰く、「先大夫臧文仲、行父に君に事ふるの禮を教ふ。行父奉じて以って周旋し、敢へて失隊せず。曰く、『其の君に禮有る者を見ては之に事ふること、孝子の父母を養ふが如くせよ。其の君に禮無き者を見ては之を誅すること、鷹鸇(ようせん)の鳥雀を逐ふが如くせよ』と。先君周公周禮を制して曰く、『則は以って德を觀、德は以って事に處し、事は以って功を度り、功は以って民に食(し)ましむ』と。誓命を作りて曰く、『則を毀つを賊と為し、賊を掩ふを藏と為し、賄を竊むを盜と為し、器を盜むを姦と為す。藏の名を主とし、姦の用に賴るは、大凶德為り、常有りて赦す無く、九刑に在りて忘れず』と。行父還(めぐ)りて莒僕を觀るに、則とす可き莫きなり。孝敬忠信を吉德と為し、盜賊藏姦を凶德と為す。夫れ莒僕、則ち其の孝敬は、則ち君父を弒せり。則ち其の忠信は、則ち寶玉を竊めり。其の人は、則ち盜賊なり。其の器は、則ち姦兆なり。保ちて之を利とすれば、則ち藏を主とするなり。以って訓ふれば則ち昏く、民則とする無し。善に度らずして、皆凶德に在り、是を以って之を去る。
現代語訳
莒の紀公は太子の僕を生み、さらに季佗を生んだ。紀公は季佗をかわいがって僕を廃し、しかも国内で礼に外れた振る舞いを多く行った。僕は国人の力を借りて紀公を殺し、国の宝玉を持って魯に亡命してきて、それを宣公に献上した。宣公は僕に邑を与えるよう命じ、「今日中に必ず与えよ」と言った。季文子(季孫行父、魯の正卿)は司寇(刑罰の長官)に命じて僕を国境の外へ追い出させ、「今日中に必ず国境まで送り届けよ」と言った。宣公がそのわけを問うと、季文子は太史の克に答えさせた。「先代の大夫臧文仲は、私行父に主君に仕える礼を教えました。私はそれを守って行動し、落とすことがありませんでした。臧文仲はこう言いました。『主君に礼を尽くす者を見たら、孝行な子が父母を養うように仕えよ。主君に無礼をはたらく者を見たら、鷹や隼が小鳥を追うように討て』。先君の周公は周の礼を定めてこう言われました。『規範によって徳を観察し、徳によって事にあたり、事によって功績をはかり、功績によって民を養う』。また誓いの命令を作ってこう言われました。『規範を破る者を賊といい、賊をかくまう者を藏といい、財貨を盗む者を盗といい、国の宝器を盗む者を姦という。かくまい手の名を負い、姦の品を用いて利を得るのは、大いなる凶徳であり、定めの刑があって赦すことはなく、九つの刑罰の中に記して忘れない』。私が振り返って莒の僕を観察しますと、手本とすべき点が一つもありません。孝・敬・忠・信を吉徳といい、盗・賊・藏・姦を凶徳といいます。そもそも莒の僕は、孝と敬について見れば主君であり父である人を殺しました。忠と信について見れば宝玉を盗みました。その人物は盗賊であり、持ってきた宝器は姦の証拠です。彼をかくまってその宝で利を得れば、わが国が藏の名を負うことになります。そのような者で民を導けば道理が暗くなり、民は手本とするものを失います。善の基準に合わず、すべてが凶徳にあたります。だから追放したのです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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尚書・五子之歌其の二に曰く、「訓に之有り、
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『呻吟語』内篇・談道・禮の世に於けるや大なる哉禮教大いに明らかなれば、中に禮を犯す者一人有らば、則ち眾以て肆なりと為して容るる所無し。禮教明らかならざれば、中に禮を守る者一人有らば、則ち眾以て怪なりと為して容るる所無し。禮の世に於けるや大なる哉。
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史記 礼書太史公曰く、洋洋たる美徳かな。万物を宰制し、群衆を役使す、豈に人力ならんや。余、大行の礼官に至り、三代の損益を観て、乃ち人情に縁りて礼を制し、人性に依りて儀を作るを知る、其の由りて来たる所尚し。人道は経緯万端、規矩貫かざる所無し。誘ひ進むるに仁義を以てし、束縛するに刑罰を以てす、故に徳厚き者は位尊く、禄重き者は寵栄あり、海内を総一して万民を整斉する所以なり。人体は駕乗に安んず、之が為に金輿錯衡を為りて以て其の飾りを繁くす。目は五色を好む、之が為に黼黻文章を為りて以て其の能を表す。耳は鐘磬を楽しむ、之が為に八音を調諧して以て其の心を蕩かす。口は五味を甘しとす、之が為に庶羞酸鹹を為りて以て其の美を致す。情は珍善を好む、之が為に圭璧を琢磨して以て其の意を通ず。故に大路に越席し、皮弁布裳、朱弦洞越、大羹玄酒は、其の淫侈を防ぎ、其の彫敝を救ふ所以なり。是を以て君臣朝廷尊卑貴賤の序より、下は黎庶の車輿衣服宮室飲食嫁娶喪祭の分に及ぶまで、事に宜適有り、物に節文有り。仲尼曰く、「褅は既に灌してより往は、吾之を観るを欲せず」と。周衰へ、礼廃れ楽壊れ、大小相踰え、管仲の家は三帰を兼備す。法に循ひ正を守る者は世に侮られ、奢溢僭差する者は之を顕栄と謂ふ。子夏は門人の高弟なるより、猶云ふ、「出でては紛華盛麗を見て説び、入りては夫子の道を聞きて楽しむ、二者心に戦ひて、未だ自ら決する能はず」と。而るを況んや中庸以下の、失教に漸漬し、成俗に被服する者をや。孔子曰く「必ずや名を正さんか」と、衛に於いて居る所合はず。仲尼没して後、受業の徒沈湮して挙がらず、或いは斉・楚に適き、或いは河海に入る、豈に痛ましからずや。
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『呻吟語』内篇・修身・微端の開く可からず禮義の大防は、眾人一念の苟に壞る。譬へば徑に由るの人の如し。只だ一時の倦みの為に行くこと幾步、便ち平地に一條の蹊徑を踏み破る。後來の人舊跡を跟尋し、踵ぎて塞ぐ可からざるの大道と成る。是を以て君子は眾人の驚く所の事に當たりても略ぼ動容せず、才かに禮義上に些須を干礙すれば、便ち愕然として色を變ずること、大刑憲に觸るるが若くす。大防の潰す可からずして、微端の開く可からざるを懼るればなり。
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『武士道』第一章 武士道の倫理系・喧嘩なら堂々とやれかくて彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。いわんや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。たとへば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師もし同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く、武士にして、もし悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき権能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ。此の蛮野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萌芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなきか。
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『呻吟語』内篇・修身・兩條の路のみ君子の持循する所は、只だ兩條の路有るのみ。先聖の成規に非ざれば、則ち時王の定制なり。此の外は悉く邪なり、俗なり。君子は由らず。
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