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春秋左氏伝 / 昭公二十一年 赭丘の一騎打ち

請皆用劍。從之。華氏北。復即之。廚人濮以裳裹首而荷以走曰。得華登矣。遂敗華氏。于新里。翟僂新居于新里。既戰。說甲于公。而歸華妵居于公里。亦如之。十一月。癸未。公子城以晉師至。曹翰胡會晉荀吳。齊苑何忌。衛公子朝。救宋。丙戌。與華氏戰于赭丘。鄭翩願為鸛。其御願為鵝。子祿御公子城。莊堇為右。干犨御呂封人。華豹張匄為右。相遇。城還。華豹曰。城也。城怒。而反之。將注豹。則關矣。曰。平公之靈。尚輔相余。豹射出其間。將注。則又關矣。曰。不狎鄙。抽矢。

新字:請皆用剣。従之。華氏北。復即之。廚人濮以裳裹首而荷以走曰。得華登矣。遂敗華氏。于新里。翟僂新居于新里。既戦。説甲于公。而帰華妵居于公里。亦如之。十一月。癸未。公子城以晋師至。曹翰胡会晋荀呉。斉苑何忌。衛公子朝。救宋。丙戌。与華氏戦于赭丘。鄭翩願為鸛。其御願為鵝。子禄御公子城。荘堇為右。干犨御呂封人。華豹張匄為右。相遇。城還。華豹曰。城也。城怒。而反之。将注豹。則関矣。曰。平公之霊。尚輔相余。豹射出其間。将注。則又関矣。曰。不狎鄙。抽矢。

書き下し

請ふ皆劍を用ゐん」と。之に從ふ。華氏北(に)ぐ。復た之に即く。廚人濮裳を以って首を裹み、荷ひて以って走りて曰く、「華登を得たり」と。遂に華氏を新里に敗る。翟僂新新里に居る。既に戰ひて、甲を公に說きて歸る。華妵の公里に居るも、亦た之の如くす。十一月、癸未、公子城晉の師を以って至る。曹の翰胡、晉の荀吳・齊の苑何忌・衛の公子朝に會して、宋を救ふ。丙戌、華氏と赭丘に戰ふ。鄭翩鸛為らんことを願ひ、其の御は鵝為らんことを願ふ。子祿公子城に御し、莊堇右為り。干犨呂の封人華豹に御し、張匄右為り。相遇ふ。城還る。華豹曰く、「城や」と。城怒りて、之に反る。將に注がんとすれば、則ち關(ひ)けり。曰く、「平公の靈、尚はくは余を輔相せよ」と。豹射て其の間に出づ。將に注がんとすれば、則ち又關けり。曰く、「狎(か)はるがはるせざるは鄙なり」と。矢を抽く。

現代語訳

どうか全員剣を使うことにしてください」。これに従った。華氏の軍は敗走したが、また引き返して向かってきた。廚人濮は着物の裳で人の首を包み、担いで走り回りながら「華登を討ち取ったぞ」と叫んだ。こうしてついに華氏を新里で破った。翟僂新(てきるしん)は新里に住んでいたが、戦いが終わると、鎧を公の所で脱いで帰った(華氏の側ではないことを示した)。公里に住んでいた華妵(かとう)も同じようにした。十一月癸未の日、公子城(こうしじょう)が晋の軍を率いて到着した。曹の翰胡(かんこ)が、晋の荀呉(じゅんご)、斉の苑何忌(えんかき)、衛の公子朝と合流して宋を救援した。丙戌の日、華氏と赭丘(しゃきゅう)で戦った。華氏側の鄭翩は鸛(こうのとり)の陣形を望み、その御者は鵝(がちょう)の陣形を望んだ。子禄(しろく)が公子城の戦車を御し、荘堇(そうきん)が車右となった。干犨(かんしゅう)が呂の封人(国境守備官)華豹(かひょう)の戦車を御し、張匄が車右となった。両車が出会った。公子城は車を返して退いた。華豹が「城よ」と呼びかけた。城は怒って引き返した。城が矢をつがえようとすると、華豹はすでに弓を引き絞っていた。城は「平公(宋の先君)の霊よ、どうか私を助けたまえ」と言った。華豹の射た矢は城と御者の間を抜けた。城がまた矢をつがえようとすると、華豹はまた弓を引き絞っていた。城は言った。「交互に射させないのは卑怯である」。華豹は(それを聞いて)矢を抜いて弓から外した。

解説

宋の内乱の決戦である。烏枝鳴の進言で全軍が剣だけを持つ決死の戦いに臨み、廚人濮は他人の首を包んで「華登を討ち取った」と叫んで敵を崩した。偽りの勝報で戦局を動かす機転である。後半は晋・斉・衛・曹の援軍を得た赭丘の戦いで、公子城と華豹の一騎打ちが描かれる。華豹は二度先に弓を引き絞り、一度は射て外した。二度目に城が「狎(か)わるがわるせざるは鄙なり」、交互に射させないのは卑怯だと言うと、華豹は矢を外してしまう。命のやりとりの場でも、戦いには守るべき作法があるという当時の感覚が生々しい。次の句で華豹はこの律儀さの代償を払うことになる。ルールを共有しているつもりの相手が、本当に同じルールで動いているかという問いを突きつける場面である。

この章句が説くこと

作法決死機転内乱名誉

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