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武士道 / 第一章 武士道の倫理系・喧嘩なら堂々とやれ

斯て彼等は多大の名譽と特權との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覺し、乃ち各自の態度行爲を律すべき規準法度を要とするに至れり。况んや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。譬へば醫士が其德義たる醫戒を守りて、競爭に制限を置き、狀師若し同業の德義を破らんか、自から名譽の法廷に被告たらざるべからざるが如く武士にして若し悖德不義の行跡を敢てするものあらば、之に對して必ずや最後の制裁を下すべき惟能を缺くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ!此の蠻野幼稚なる原始的觀念の裡、大に壯剛なる道義の萠芽を含み、且つ凡て文德武德の根帶を成すものにあらざるなき乎。

新字:斯て彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。況んや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。譬へば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師若し同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く武士にして若し悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき惟能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ!此の蠻野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萠芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなき乎。

書き下し

かくて彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。いわんや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。たとへば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師もし同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く、武士にして、もし悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき権能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ。此の蛮野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萌芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなきか。

現代語訳

こうして彼らは多くの名誉と特権の恵みを受けるとともに、多くの責任があることを自覚し、それぞれの態度と行いを律する基準や法度が必要だと考えるに至りました。まして彼らは武器を交え、矢や石の間に身を置くのが常でしたから、その必要を感じることはさらに深かったのです。たとえば医師がその職業道徳である医の戒めを守って競争に制限を置き、弁護士がもし同業の道徳を破れば、自ら名誉の法廷に被告として立たねばならないように、武士も、もし徳に背く不義の行いを敢えてする者があれば、それに対して必ず最後の制裁を下す権能を欠いてはならないとしました。喧嘩なら堂々とやれ。この蛮野で幼稚な原始的な観念のうちに、大いに壮健で剛毅な道義の芽が含まれ、またすべての文の徳と武の徳の根を成すものがあるのではないでしょうか。

解説

武士道が生まれた必要が説明されます。特権を持つ者が、自分たちを律する基準を自ら作った。しかも命のやり取りをする職だから、その必要はいっそう強かった。医師や弁護士の職業倫理と並べているのが的確で、専門職が自分たちで作る規範という性格が明示されています。そして、喧嘩なら堂々とやれ、という一句に道義の芽を見る。子どもの喧嘩の作法が、やがて文武の徳の根になったという見立てです。

この章句が説くこと

規範職業自律責任萌芽

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