呻吟語 / 内篇・修身・微端の開く可からず
禮義之大防,壞於眾人一念之苟。譬如由徑之人,只為一時倦行幾步,便平地踏破一條蹊徑。後來人跟尋舊跡,踵成不可塞之大道。是以君子當眾人所驚之事略不動容,才干礙禮義上些須,便愕然變色,若觸大刑憲然,懼大防之不可潰,而微端之不可開也。嗟夫!此眾人之所謂迂而不以為重輕者也。此開天下不可塞之釁者,自苟且之人始也。
新字:礼義之大防,壊於衆人一念之苟。譬如由径之人,只為一時倦行幾歩,便平地踏破一条蹊径。後来人跟尋旧跡,踵成不可塞之大道。是以君子当衆人所驚之事略不動容,才干礙礼義上些須,便愕然変色,若触大刑憲然,懼大防之不可潰,而微端之不可開也。嗟夫!此衆人之所謂迂而不以為重軽者也。此開天下不可塞之釁者,自苟且之人始也。
書き下し
禮義の大防は、眾人一念の苟に壞る。譬へば徑に由るの人の如し。只だ一時の倦みの為に行くこと幾步、便ち平地に一條の蹊徑を踏み破る。後來の人舊跡を跟尋し、踵ぎて塞ぐ可からざるの大道と成る。是を以て君子は眾人の驚く所の事に當たりても略ぼ動容せず、才かに禮義上に些須を干礙すれば、便ち愕然として色を變ずること、大刑憲に觸るるが若くす。大防の潰す可からずして、微端の開く可からざるを懼るればなり。
現代語訳
礼義という大きな堤は、人々のほんの一瞬の間に合わせの心で壊れます。たとえば近道を行く人のようなものです。ほんの一時の面倒くささから数歩踏み込むだけで、平らな地面に一本の細道が踏み開かれます。後から来る人が古い跡をたどり、踏み継いでふさげない大道になります。だから君子は、人々が驚くような出来事にはほとんど顔色を動かさず、礼義にわずかでも触れる事があれば、愕然として顔色を変え、大きな刑罰に触れたかのようにします。大きな堤が崩れてはならず、小さな端緒が開いてはならないと恐れるからです。
解説

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