春秋左氏伝 / 昭公十三年 亀を投じ天を詬る
致群賂。施舍寬民。宥罪舉職。召觀從王曰。唯爾所欲。對曰。臣之先佐開卜。乃使為卜尹。使枝如子躬聘于鄭。且致犨櫟之田。事畢。弗致。鄭人請曰。聞諸道路。將命寡君以犨櫟。敢請命。對曰。臣未聞命。既復。王問犨櫟。降服而對曰。臣過失命未之致也。王執其手曰。子毋勤。姑歸。不穀有事。其告子也。他年。芋尹申亥以王柩告。乃改葬之。初。靈王卜曰。余尚得天下。不吉。投龜詬天而呼曰。是區區者而不余畀。余必自取之。民患王之無厭也。故從亂如歸。初。共王無冢。適有寵子五人。無適立焉。乃大有事于群望而祈曰。請神擇於五人者。使主社稷。乃遍以璧見於群望曰。
新字:致群賂。施舎寛民。宥罪舉職。召観従王曰。唯爾所欲。対曰。臣之先佐開卜。乃使為卜尹。使枝如子躬聘于鄭。且致犨櫟之田。事畢。弗致。鄭人請曰。聞諸道路。将命寡君以犨櫟。敢請命。対曰。臣未聞命。既復。王問犨櫟。降服而対曰。臣過失命未之致也。王執其手曰。子毋勤。姑帰。不穀有事。其告子也。他年。芋尹申亥以王柩告。乃改葬之。初。霊王卜曰。余尚得天下。不吉。投亀詬天而呼曰。是区区者而不余畀。余必自取之。民患王之無厭也。故従乱如帰。初。共王無冢。適有寵子五人。無適立焉。乃大有事于群望而祈曰。請神択於五人者。使主社稷。乃遍以璧見於群望曰。
書き下し
群賂を致し、施舍して民を寬くし、罪を宥して職を舉ぐ。觀從を召す。王曰く、「唯だ爾の欲する所のままにせん」と。對へて曰く、「臣の先は開卜を佐く」と。乃ち卜尹為らしむ。枝如子躬をして鄭に聘し、且つ犨・櫟の田を致さしむ。事畢はれども、致さず。鄭人請ひて曰く、「諸を道路に聞く、將に寡君に命ずるに犨・櫟を以ってせんとすと。敢へて命を請ふ」と。對へて曰く、「臣未だ命を聞かず」と。既に復す。王犨・櫟を問ふ。服を降して對へて曰く、「臣過ちて命を失ひ、未だ之を致さず」と。王其の手を執りて曰く、「子勤むること毋かれ。姑く歸れ。不穀事有らば、其れ子に告げん」と。他年、芋尹申亥王の柩を以って告ぐ。乃ち之を改葬す。初め、靈王卜して曰く、「余尚はくは天下を得ん」と。吉ならず。龜を投じ天を詬りて呼びて曰く、「是の區區たる者すら余に畀へず。余必ず自ら之を取らん」と。民王の厭く無きを患ふ。故に亂に從ふこと歸するが如し。初め、共王に冢適無く、寵子五人有りて、立つるに適する無し。乃ち大いに群望に事有りて祈りて曰く、「請ふ神五人の者を擇びて、社稷を主らしめよ」と。乃ち遍く璧を以って群望に見えて曰く、
現代語訳
平王は(叛乱に協力した者たちに)約束の賄賂を与え、施しをして民の負担を緩め、罪を赦し、職を失っていた者を登用した。観従を召し出して、王は言った。「そなたの望むものは何でも与えよう」。観従は答えた。「私の先祖は開卜(卜人の補佐)を務めておりました」。そこで観従を卜尹(占いの長官)にした。王は枝如子躬を鄭に聘問させ、あわせて犨と櫟の田地を鄭に返還させようとした。聘問の儀式は終わったが、子躬は田地を渡さなかった。鄭の人が願い出て言った。「道中のうわさで、わが君に犨・櫟を賜るご命令があると聞きました。あえてご命令をうかがいます」。子躬は答えた。「私はそのような命令は聞いておりません」。帰国して復命すると、王は犨・櫟のことを尋ねた。子躬は礼服を脱いで罪を待つ姿で答えた。「私は過って命令をしくじり、まだ渡しておりません」。王は彼の手を取って言った。「そなたは気に病むことはない。ひとまず帰りなさい。私に用があれば、そなたに知らせよう」。後年、芋尹申亥が霊王の柩のありかを申し出たので、改めて葬り直した。はじめ、霊王は占って言った。「どうか天下を得られますように」。結果は不吉であった。王は亀甲を投げ捨て、天をののしって叫んだ。「このちっぽけなものさえ私に与えないのか。ならば私は必ず自分の力で取ってみせる」。民は王の飽くことのない欲を憂えていた。だから乱に加わることを、家に帰るように当然のこととしたのである。はじめ、共王には嫡長子がおらず、寵愛する子が五人いて、誰を立てるべきか決まっていなかった。そこで山川の神々に盛大な祭祀を行って祈った。「どうか神がこの五人の中から選び、国家の主とさせたまえ」。そして璧を神々に広く示して言った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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三略・上略夫れ主将の法は、務めて英雄の心を攬り、功有る者に賞禄し、志を衆に通ずるにあり。故に衆と好を同じくすれば、成らざるは靡く、衆と悪を同じくすれば、傾かざるは靡し。国を治め家を安んずるは、人を得ればなり。国を亡ぼし家を破るは、人を失えばなり。含気の類、咸な其の志を得んことを願う。
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史記 留侯世家上曰く、「雍歯は我と故あり、数々嘗て我を窘辱す。我之を殺さんと欲するも、其の功多きが為に、故に忍びず」と。留侯曰く、「今急ぎ先づ雍歯を封じて以て羣臣に示せ、羣臣雍歯の封ぜらるるを見ば、則ち人人自ら堅からん」と。是に於て上乃ち酒を置き、雍歯を封じて什方侯と為し、而して急ぎ丞相・御史を趣して功を定め封を行はしむ。羣臣酒を罷め、皆喜びて曰く、「雍歯すら尚ほ侯と為る、我が属患ひ無し」と。劉敬高帝に説きて曰く、「関中に都せよ」と。上之を疑ふ。左右の大臣皆山東の人にして、多く上に雒陽に都せんことを勧む、「雒陽は東に成皋有り、西に殽黽有り、河を倍にし、伊雒に向かふ、其の固めも亦た恃むに足る」と。留侯曰く、「雒陽は此の固め有りと雖も、其の中小にして、数百里に過ぎず、田地薄く、四面より敵を受く、此れ武を用ふるの国に非ざるなり。夫れ関中は殽函を左にし、隴蜀を右にし、沃野千里、南に巴蜀の饒有り、北に胡苑の利有り、三面を阻みて守り、独り一面を以て東のかた諸侯を制す。諸侯安定すれば、河渭漕輓して天下より、西のかた京師に給す。諸侯変有らば、流れに順ひて下り、以て委輸するに足る。此れ所謂金城千里、天府の国なり、劉敬の説是なり」と。是に於て高帝即日駕し、西のかた関中に都す。留侯従ひて関に入る。留侯性多病にして、即ち道引して穀を食はず、門を杜ぢて出でざること歳余。上太子を廃し、戚夫人の子趙王如意を立てんと欲す。大臣多く諫争するも、未だ堅決を得る者あらざるなり。呂后恐れ、為す所を知らず。人或ひと呂后に謂ひて曰く、「留侯は善く計筴を画し、上之を信用す」と。呂后乃ち建成侯呂沢をして留侯を劫かしめて、曰く、「君常に上の謀臣為り、今上太子を易へんと欲す、君安んぞ枕を高くして臥するを得んや」と。留侯曰く、「始め上数々困急の中に在り、幸ひにして臣の筴を用ふ。今天下安定し、愛欲を以て太子を易へんとす、骨肉の間は、臣等百余人と雖も何ぞ益せん」と。
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史記 呉王濞列伝然れども其の国に居るや、銅塩の故を以て、百姓に賦無し。卒の践更するには、輒ち平賈を与ふ。歳時に茂材を存問し、閭里に賞賜す。佗の郡国の吏来りて亡人を捕へんと欲する者あれば、訟ひて共に禁じて予へず。此の如き者四十余年、故を以て能く其の衆を使ふ。
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史記 黥布列伝楚、項声・竜且をして淮南を攻めしめ、項王留まりて下邑を攻む。数月、竜且淮南を撃ち、布の軍を破る。布兵を引きて漢に走らんと欲するも、楚王の之を殺さんことを恐る。故に間行して何と倶に漢に帰す。淮南王至る。上方に床に踞して洗ひ、布を召して入り見えしむ。布大いに怒り、来たりしを悔い、自殺せんと欲す。出でて舎に就く。帳御飲食従官漢王の居の如し。布又大いに喜び望みに過ぐ。是に於て乃ち人をして九江に入らしむ。楚已に項伯をして九江の兵を収めしめ、尽く布の妻子を殺す。布の使者頗る故人幸臣を得、衆数千人を将ゐて漢に帰す。漢益々布に兵を分かちて与に倶に北し、兵を収めて成皋に至る。四年七月、布を立てて淮南王と為し、与に項籍を撃つ。漢の五年、布人をして九江に入らしめ、数県を得。六年、布劉賈と九江に入り、大司馬周殷を誘ふ。周殷楚に反き、遂に九江の兵を挙げて漢と楚を撃ち、之を垓下に破る。項籍死し、天下定まる。上置酒す。上隨何の功を折き、何を謂ひて腐儒と為し、天下を為むるに安んぞ腐儒を用ひんと。隨何跪きて曰く、「夫れ陛下兵を引きて彭城を攻むるに、楚王未だ斉を去らず。陛下歩卒五万人、騎五千を発して、能く以て淮南を取らんか」と。上曰く、「能はず」と。隨何曰く、「陛下何と二十人とをして淮南に使ひせしめ、至りて陛下の意の如くならしむ。是れ何の功は歩卒五万人騎五千より賢れるなり。然り而して陛下何を謂ひて腐儒と為し、天下を為むるに安んぞ腐儒を用ひんとするは、何ぞや」と。上曰く、「吾方に子の功を図らんとす」と。乃ち隨何を以て護軍中尉と為す。布遂に符を剖きて淮南王と為り、六に都す。九江・廬江・衡山・豫章の郡皆布に属す。七年、陳に朝す。八年、雒陽に朝す。九年、長安に朝す。
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呂氏春秋・用民⑥夙沙の民は、自ら其の君を攻めて、神農に歸す。密須の民は、自ら其の主を縛りて、文王に與う。湯・武は徒に能く其の民を用うるのみに非ざるなり、又能く己の民に非ざるものを用う。能く己の民に非ざるものを用うれば、國小なりと雖も、卒少しと雖も、功名は猶ほ立つ可し。古昔、布衣由り一世を定めし者多し。皆能く其の有に非ざるものを用いたればなり。其の有に非ざるの心を用うる、之が本を察せざる可からず。三代の道に二無し。信を以て管と為す。
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『長短経』将体危うき者は之を安んじ、懼るる者は之を懽ばせ、叛く者は之を還し〔将に合わずして去る者有らば、慰誘して之を還す。蕭何の韓信を追うが若し〕、冤なる者は之を原し、訴うる者は之を察し、卑しき者は之を貴び〔士卒の卑賤なる者の若きは、之を貴ぶ。昔、呉起の下りて士卒と衣食を同じくせしは是れなり〕、強き者は之を抑え、敵する者は之を残い〔卑中に賤有りて、貴に敵する者は、上下の礼を乱す。之を残殺す〕、貪る者は之を豊かにし〔賞を懸けて以て其の心を豊かにす。貪を使う所以なり〕、欲する者は之を使い〔敵に臨みて将に戦わんとするに、功名を立てんと欲する有り、敵人を利せんと欲する有り。皆許して之を使う。所謂勇を使い貪を使うなり〕、畏るる者は之を隠し〔士卒に畏懼する所有る者は、後に隠蔽し、軍鋒と為さしむること勿かれ。軍の敗るるは鋒の怯なるに由る〕、謀る者は之に近づき、讒する者は之を覆し〔讒闘する者有らば、之を覆亡す〕、毀るる者は之を復し〔官職に毀廃する者有らば、則ち修めて之を復す〕、反する者は之を廃し、横なる者は之を挫き、服する者は之を活かし〔首めて罪に服する者は、之を活かす〕、降る者は之を説ばす〔説は、含〕。
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