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春秋左氏伝 / 昭公十一年 悲しまぬ君

九月。葬齊歸。公不慼。晉士之送葬者。歸以語史趙。史趙曰。必為魯郊。侍者曰。何故。曰。歸。姓也。不思親。祖不歸也。叔向曰。魯公室其卑乎。君有大喪。國不廢蒐。有三年之喪。而無一日之慼。國不恤喪。不忌君也。君無慼容。不顧親也。國不忌君。君不顧親。能無卑乎。殆其失國。冬。十一月。楚子滅蔡。用隱大子于岡山。申無宇曰。不祥。五牲不相為用。況用諸侯乎。王必悔之。

新字:九月。葬斉帰。公不慼。晋士之送葬者。帰以語史趙。史趙曰。必為魯郊。侍者曰。何故。曰。帰。姓也。不思親。祖不帰也。叔向曰。魯公室其卑乎。君有大喪。国不廃蒐。有三年之喪。而無一日之慼。国不恤喪。不忌君也。君無慼容。不顧親也。国不忌君。君不顧親。能無卑乎。殆其失国。冬。十一月。楚子滅蔡。用隠大子于岡山。申無宇曰。不祥。五牲不相為用。況用諸侯乎。王必悔之。

書き下し

九月、齊歸を葬る。公慼へず。晉の士の葬を送る者、歸りて以って史趙に語る。史趙曰く、「必ず魯の郊と為らん」と。侍者曰く、「何の故ぞ」と。曰く、「歸は、姓なり。親を思はず、祖歸せざるなり」と。叔向曰く、「魯の公室其れ卑からんか。君に大喪有りて、國蒐を廢せず。三年の喪有りて、一日の慼無し。國喪を恤へざるは、君を忌まざるなり。君慼容無きは、親を顧みざるなり。國君を忌まず、君親を顧みず、能く卑きこと無からんや。殆ど其れ國を失はん」と。冬、十一月、楚子蔡を滅ぼし、隱大子を岡山に用ふ。申無宇曰く、「不祥なり。五牲も相為に用ゐず。況んや諸侯を用ゐんや。王必ず之を悔いん」と。

現代語訳

九月、斉帰(昭公の母)を葬った。昭公は悲しむ様子を見せなかった。葬送に来ていた晋の士が、帰国してこのことを史趙(晋の史官)に語った。史趙は言った。「魯の君は必ず国を追われて、郊外をさまようことになろう」。侍者が言った。「なぜですか」。史趙は言った。「帰は(母の)姓である。母を思わないのだから、先祖もまた彼のもとに帰って守ってはくれない」。叔向は言った。「魯の公室は衰えるだろう。君に母の大喪があるのに、国は閲兵をやめなかった。三年の喪があるのに、一日として悲しむ日がない。国が喪を気にかけないのは、君をはばからないということだ。君に悲しむ姿がないのは、親を顧みないということだ。国は君をはばからず、君は親を顧みない。衰えないはずがあろうか。おそらく国を失うだろう」。冬十一月、楚子(霊王)は蔡を滅ぼし、蔡の隠太子(霊侯の子)を岡山の祭祀の犠牲に用いた。申無宇(楚の大夫)は言った。「不吉なことだ。五牲(牛・羊・豕・犬・鶏)でさえ、互いを別の祭りの犠牲に代用することはしない。まして諸侯を犠牲に用いるとは。王は必ずこれを後悔するだろう」。

解説

昭公の母斉帰の葬儀で、昭公は少しも悲しむ様子を見せなかった。母の喪中に比蒲で大規模な閲兵を行ったことは、前の句で「禮に非ざるなり」と記されている。晋の史趙はそれを伝え聞いて魯の君は国を追われるだろうと言い、叔向も同じ見立てを述べた。叔向の論理はこうである。国が君の喪をはばからないのは、臣下が君を重んじていない証である。君が親の死を悲しまないのは、親を顧みない証である。上も下も互いを軽んじる国が衰えないはずがない。実際、昭公はこの十四年後に季氏に追われて国を出る。私的な弔いの姿が、そのまま国の秩序の姿として読まれている点が興味深い。後半では楚の霊王が蔡を滅ぼし、その太子を祭祀の犠牲にした。申無宇は、家畜でさえ代用しないのに諸侯を犠牲にするとはと、その暴挙を批判している。上に立つ人の私的な振る舞いが、周囲にどう読まれているかを考えさせる。

この章句が説くこと

孝喪礼威信秩序暴虐

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